第266話 函館8
「随分と……無理なやり方をしているようだな」
話が一段落したと思ったところで、発言をしたのは仲村マリナ。一言も言葉を挟まず見守っていたから、タイミングを待っていたというべきか。
「お互い様だろう。それにオレは、特に指示をしていない。人助けをすることは人道的で、とても善良な行いだと思うが」
函館へ着いたとき現場に魚村海斗はおらず、五稜郭組に属する現場メンバーの判断。結果こそ複雑になったものの、行為については肯定的な意見だと言う。
「……黒木が戻ったのか?」
「……ああ。その通りだ」
魚村海斗は一呼吸を置いて問い、仲村マリナは答え沈黙が流れる。
言葉にし難い感情が二人の間にはあるのだろう。向かい合っても離れた位置にて、互いの反応を待つ沈黙が継続する。
「孫に会いたい祖母のため、千歳まで探しに行く。償いと……罪悪感からの行動か?」
先に言葉を発したのは魚村海斗で、顎を高く突き出し体を小刻みに震わせている。声も震えて態度は明らかに、動揺していることを物語っていた。
「魚村海斗。あなたは誤解をしているっ!! 黒木さんはあなたの思っているような、人を犠牲にして良いと考える人間ではないっ!!」
仲村マリナが勢いよく弁明に叫ぶのは、やはりそれなりの根拠があるのだろう。
函館山組と五稜郭組の分裂については、ねこちーから大枠につき聞くところ。弟を失った魚村海斗の怒り悲しみは察するところで、それでも黒木さんの判断に裏があるとしか思えなかった。
「なんだっ!? あいつはっ!?」
空気が凍りついたかのよう静まる場は、五稜郭組の一人が叫び破かれた。
ショピングモールの駐車場に入ってきたのは、遠くからもハッキリ見える巨大なシルエット。歩みを進めれば地響きのような足音を発し、一直線にこちらへと向かってくる。
「……テラォード・ブッチャー」
目の前に立ちはだかったのは、一度でも見れば忘れられぬ存在。
身長は二メートル三十二センチで、体重は百三十五キロと常人ならざる巨体。歯を固く食いしばり、顕著に上がっている歯茎。丸い銀の兜を被って、黒い短パンには十八の星が輝く。裸の上半身は、割れてシックスパック。胸板は厚く隆起し、二の腕も太く筋肉質。全身を筋肉の鎧に覆われているよう、愛称を北欧の巨人とするプロレスラー。
「グヴゥ……」
「取り囲んで倒すぞっ!! 急げっ!!」
低い唸り声を発し接近するブッチャーに、護衛についていた函館山組二人と五稜郭組二人。合計四人は組織の垣根を越えて協調し、揃って展開し殲滅へと行動を開始した。
武器は狩猟に使用されるライルフ銃が二丁に、先端を銀色に尖らせた西洋風の槍スピアが二本。いわゆる普通の屍怪が相手ならば、十分といえる武器のレベルだ。
「ダンッ!! ダンッ!!」
「グヴゥ……」
並んだ二人が揃って銃弾を発射するも、まるで動じず怯まぬブッチャー。
体に命中したのか逸れたのか、貫通していたとしても歩みを続ける足。ダメージを受けていないことは、誰の目から見ても明らかであった。
「攻撃の手を休めるなっ!! ここで倒すんだっ!!」
それでも白いターバンの者は、諦めずに檄を飛ばし奮起を促す。槍のスピアを突きつけては、腹部へと向けられる攻撃。
しかしブッチャーの腹筋は鋼のように硬く、決して深くまで刺さりはしなかった。
「うっ、わあ……」
渾身の力を込めても刺さらぬ槍に、動揺を明らかにして後退する白いターバンの者。
しかし自ら接近戦を挑んでは、ブッチャーとの距離は間近。今ではもはや、手を伸ばして届く間合いである。
「グヴゥ……」
ブッチャーは右拳を握って振り上げ、腰を捻って力を貯めた一撃が放たれる。
「ふげっ!!」
体の横へヒットしては聞き慣れない悲鳴を発し、血反吐を散らし飛ばされる白いターバンの者。
十メートルほど離れた場所にて倒れ、動かなくなった白いターバンの者。口からは何やら臓物が溢れ、たった一撃で命を絶つに至ったようだ。
「おいっ!! お前たちっ!! 逃げろっ!!」
「うわぁあああっ!!」
魚村海斗は撤退を進言するも、パニックとなった三人。
一人はブッチャーに拳を振り下ろされ、二人目は頭を握り潰されて絶命。最後となる三人目は逃亡を試みるも転んだところ、頭部を踏み潰され死亡してしまった。




