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終末の黙示録  作者: 無神 創太
第四章 新たな旅立ち(下)

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第264話 函館6

 ―*―*―ハルノ視点 ―*―*―


 五稜郭タワー展望台から見下ろす五稜郭公園は、星形の輪郭で堀を深く水面は光り煌めく。豊かな木々に縁取られては鮮やかな緑に包まれ、まるで巨大な絵画が地上に描かれているかのよう広がっていた。


「まずは、無理に連れてきたことを謝りたい。助けるためとは言え、強引に連れ去ったのは過ちだ。本当に申し訳ない」


 目前で頭を下げる茶色い短髪の男性は、心の底から謝罪しているよう誠意を感じた。


「一緒にいたミサキは、みんなは無事なの? それにあなたたちは何者で、今がどういう状況なのか。教えてくれないかしら?」


 助けるためとは聞かされているも、ほとんど有無も言えなかった。結果として仲間たちと離れることになり、素性の知れぬ相手に心を許せるわけもない。


「あの、えーっと。この人たちは大丈夫です」


 男性の後ろを歩き現れたのは、一緒に連行されたはずのミサキ。隣には一人の青年が立っており、人は外見に眉をひそめるかもしれない。


「……嫌になっちゃうな。……せっかく助けてやったのに、文句ばかり言って」


 白のワイシャツと灰色のパンツという至って普通の制服にもかかわらず、どこか異質な雰囲気を漂わせている青年。身長は百八十センチに近いと目測されるも、細身を通り越して痩せすぎている体つき。手足を長く枝のようで、まるで風に揺れる柳の様子。

 肩下まで伸びるロングヘアは手入れが行き届いているわけでもなく、前髪を左に流しているもカールは気まぐれに跳ね上がる。面長な顔立ちに、鋭く尖った顎。不安定な印象を強調させてはまるで、居場所を見つけられず宙に浮いているかのようだ。


「……あの場で動かずいれば、間違いなく屍怪の餌食だったのに」


 青年の口から発せられる言葉は、か細いわりに鋭く他人の心を試すかのようだ。自己肯定感の低さが滲み出る卑屈な態度は、発言の端々に憎まれ口を隠す。意図を感じ取れる者ならば、一歩を引きたくなって不思議にない。


「奴の名前は村井(むらい)マサオ。少し口の悪いところもあるが、他意はないんだ」

「……」


 男性が紹介をして視線を浴びれば、村井マサオは目を泳がせ去っていく。

 周囲を見下すよう態度でありながら、見られることに慣れていない小動物のよう。自意識と自己嫌悪が入り混じったその目は、見ている側に居心地の悪さを感じさせた。


「しかし彼女が言った通り、ミサキはオレたちの仲間だ。オレは五稜郭組のリーダーで、魚村(うおむら)海斗(かいと)。五稜郭タワーと五稜郭公園を拠点に、多くの生存者が仲間として暮らしている」


 全身を小麦色に日焼けした姿で、右目下には泣き黒子が目立つ男性。

 身長は蓮夜と比較し同程度に思え、肩幅を広く恵まれた体格。茶色の半袖シャツ中央にはサンマと、虹のイラストがプリントされている。ダメージジーンズを穿いた姿は、筋肉質で逞しさを漂わせていた。


「他の仲間は? 蓮夜はどこ? 一緒にいた人なんだけど、彼のことを知っている?」


 未だ言及されていない者たちにつき、その行方を何より知りたいところ。全員の安否を確認しなければ、悠然と話す気にもなれない。


「蓮夜……? いや、オレはその名前を知らない。でも函館山組と一緒にいるなら、きっと無事だろう。あいつらはあついらで、それなりにしっかりしているから」


 魚村海斗は軽快な口振りで、一定の信頼をしている様子だった。


「そう、なら良いんだけど。でも蓮夜に、仲間たちに会いたいわ。協力してくれるかしら?」

「もちろんだ。オレたちも協力できることがあれば手を貸す。君が望むのならば、函館山組との交渉も考えよう」


 合流をするために助力を求めては、少し微笑みながら頷く魚村海斗。

 有無を言わさず連行した者たちと異なり、少なくともリーダーの魚村海斗。彼の対応は本当に誠実なもので、信用するに多くの時間は必要なかった。



 ***



「函館山組との関係。彼らとは敵対しているの?」


 元は一つのグループだったと聞き、分裂するに至った原因。興味本位なところあるも、実態を知りたけば気になった。


「敵対というわけじゃない。オレたちも手を組み助け合いたいとは思っている。ただ……ある事件があって、それがどうしても許せないんだ」


 魚村海斗は僅かに眉をひそめるも、息を呑み穏やかな声で答える。


「その事件。差し支えなかったら、教えてもらえないかしら?」


 話をして人格者に思えるところで、許せない理由とは何か。未だに解決できない問題なれば、とても大きな事なのだろう。


「弟の……拓海が死んだんだ」


 目元にかすかな悲しみを映し、魚村海斗は重い口調で語り始めた。

 事件は単なる出来事ではなく、大きな痛みを伴ったもの。今までにない悲痛な表情を見て、自然と胸が締めつけられる思いになった。


「その日、オレは探索へ行っていなかった。他の仲間たちと拠点を守るため、函館山に残っていたんだ。だから事件のあらましは、黒木や仲間たちから聞いたものになる」


 魚村海斗は言葉を詰まらせながらも強く言い、無力感を大きく残すこと感じ取れる。

 自らが現場にいなければ、全て手の及ばぬ出来事。それでも自責の念を抱えているようで、後悔に唇を噛んでいると見受けられた。


「リーダーだった黒木たちと、赤レンガ倉庫の探索に拓海も参加していたんだ。探索を終えて帰路へつく中で、屍怪が現れ探索隊は大きな混乱に陥った。そこで拓海は囮役を買って出て屍怪を引きつけ、その隙に仲間たちは函館山の登山道に避難。しかし拓海は屍怪に襲われて、合流したときは手に負えなかったらしい」


 魚村海斗が語る事件のあらましは、全て探索中に起きた出来事。

 リーダーだった黒木さんは、指揮して犠牲者なしと無双の指揮官。弟の意思を尊重し仲間を信じ、心配を胸に探索の同行を許可したと言う。


「仲間たちからその話を聞いたとき、オレは自分を抑えられなかったっ!! まだ十六の弟にどうして、一人で囮役を任せたのかっ!! 誰も助けず犠牲にしたのかとっ!! 拓海は捨て石にされたんだと、思えて仕方がなかったんだ」


 声を大きく不信感を露わにする魚村海斗は、鼻息を荒く拳を強く憤慨していた。たしかに聞いた言い分には一理があって、納得できない部分にも共感はできるところ。


「黒木は弁明もなく自分の責任と説明し、オレにはそれが許せなかった。だからオレは黒木に対して距離を置き、最終的には函館山組を離れた。共感した仲間たちと一緒に、今の五稜郭組ができたんだ」


 魚村海斗は一連の事件あらましと、五稜郭組の設立背景を語ってくれた。


「オレたちは野蛮な連中でもなければ、平和的に協力し交渉の用意だってある。だけど、黒木との確執はまだ消えていない。それが今の現実だ」


 魚村海斗の言葉を静かに聞いて、抱えている問題を知れた。痛みと怒りは未だ胸内に残り、非常に繊細で解決の難しい話。

 それでも今は蓮夜たちと合流するため、手を借りる以外に方法はない。


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