第263話 函館5
函館山展望台の屋上へたどり着き、風が吹き抜ける広々としたデッキ。終末の日より前ならフェンスにもたれ、景色を眺める者も多かっただろう。
函館の街並みが絶景であること言わずのところも、本州方面へ向けば津軽海峡を挟んで青森の山々がうっすらと見える。本州を視線に捉えてはついに、東京へ迫っているとヒシヒシ実感した。
「あ、あそこにねこちーがいるのっ!!」
ベンチを前に地べたで座る者を発見して、まこたんは一目散に走り出す。
後ろに続けば猫耳の付いたフードを被り、黒白茶と三毛猫のパジャマを着用する女性。頬には髭のペイントが施されており、ただ者ではないこと伝わってくる。
「にゃっハッハー!! いけいけぇ!!」
ビデオカメラを片手に大声で、勢いよくドライバーでネジを回す女性。周囲にはパソコンやスマートフォンに、工具箱から工具も散らかっている。
「ねこちー、紹介するだの。新しく函館にきた、蓮夜さんだの」
先んじて紹介をするまこたんは、続けて少しだけ関係の披露を始めた。
「ねこちーとはお互いに、愛称をつけ合った仲なんだの。でも最初に愛称をつけたのは、実はねこちーなんだの」
「そうにゃ! あたいがまこたんにあだ名をつけたにゃ! そのお返しに、まこたんがあたいを『ねこちー』って呼んでくれるようになったにゃ!」
関係値を説明するまこたんに、負けじと応じるねこちー。際立つ見た目や語尾にツッコミを忘れ、圧倒的な勢いに戸惑いを持ってしまった。
「はじめまして、俺は一ノ瀬蓮夜です……」
「ねこちーは動画配信者で、ラジオ放送もしていたんだの」
落ち着きを取り戻しつつ自己紹介をし、まこたんは新たな情報の補足をする。
苫小牧で聞いた放送は、ねこちーからの発信だった。終末世界を生き残るため、役立つ情報を提供との判断らしい。
「朝がきて夜がくるように、暗い時期もいずれは終わるにゃ!! そのときあたいはこの動画で、有名人になって大金を得る算段にゃ!!」
ねこちーはビデオカメラを向けて、将来のビジョンを語っていた。
機械系統に強いとされるねこちーは、自分を売り込むため常に積極的。名前に格好や口調とキャラクターを作り、インパクトを持たすのも全て策略。何がキッカケになるかわからないと、あらゆる手法を講じていると言う。
「なんか、とても逞しいな。ところで、二人とも。食料が盗まれる事件があったって聞いたんだけど。何か知っているか?」
詳しい話を聞く機会を逃していたところも、やはりと言うか気になっていたこと。函館山組と五稜郭組に揉め事なければ、そもそも尋問を受けることなどなかったはずである。
「にゃあ? それなら黒木さんたちが出発する前のことにゃ。あのときはみんなピリピリしていたにゃん。でも黒木さんたちが出発してからは、少し落ち着いているにゃ」
「黒木さんたちが出発する前なら、結構前の話じゃないか? 未だに尾を引いているのかよ」
ねこちーはキャラクターを崩さず告げ、時間的な間から根の深さを思う。
犯人を特定し捕まえねば、解決したと言えぬ問題。時間が経過したからと言って、疑心暗鬼は強く風化はしていないと言う。
「にゃーん。それがにゃあ……。あたいも絶対にありえないと思うんだけど、黒木さんが犯人だっていう噂が流れているにゃん」
言葉に詰まり表情を曇らせ、ねこちーが聞いたというのは疑い。
「黒木さんがっ!? 黒木さんは、食料を盗んだりする人間じゃあねぇだろっ!!」
関わりあり人間性を知っているから、謂れのなき疑いに怒りさえ覚える。黒木さんは口数を少なく不器用なところあるも、信用に足る人間というのは承知のところだ。
「もちろんあたいも、そんなことないって思っているにゃ! ただ食料盗難が収まった時期と、黒木さんたちが出発した時期が重なるのにゃ……」
取り繕い言うねこちーは、時系列から疑いに整合性はあると言う。
噂はどこから流れてきたのか、出所についてはわからないとの話。根拠の乏しい噂でも広がれば、時に不信感を植え付けてしまうものだ。
「その話はもういいぜ。ってか食料盗難事件より、もっと前のグループ分裂。それこそ何が原因だったんだよ?」
函館山組と五稜郭組は一つであったと聞くところも、より遡って事件の深掘りを試みることにした。
「詳しいことは知らないにゃ。でもいろんな事と思いがあって、みんなの気持ちがバラバラになったみたいにゃ」
詳細を知らずとも大枠ならばと、ねこちーは知る限りの説明を始めくれた。
函館にあるは函館山組と、今は遠くの五稜郭組。ハルノとミサキがいるところで、二人の安否が今も凄く気になった。




