第262話 函館4
「なあ、まこたん。ここにはどんな人が住んで、何人くらいの人がいるんだ?」
「消防士さんやお料理屋さんに、大工さんもいて……マリナンは囲碁のプロ。他には配信者のねこちーもいて、五十人くらい。展望台下にも十人くらいいるんだの」
聞かない名前まで含まれているも、指折り教えてくれるまこたん。
展望台下とは山麓駅のことで、ロープウェイで函館山と繋がる地点。地上に確保された一つ重要な拠点であり、移動や物資を運ぶためにも欠かせぬ場所となっている。
「あとお医者さんや看護師さんもいて、五稜郭を行き来もしているの」
「五稜郭と行き来をしているんだな……」
中立派と代替できぬ人材の扱いは別とまこたんは言い、言葉を反芻しながら二人の安否が気になった。
人の行き来あるということは、やはり交渉は可能なのだろう。今は期待し待つ他ない話であるも、早く合流したい気持ちが薄れる訳ではない。
「ここがショップだの! 必要なものがあったら、ここで手に入れるんだの!」
次にまこたんが向かったのは、本来ならお土産ショップとされる場。レジに緑のターバンをした者が座っているも、挨拶に手を挙げて応じ緊張感は微塵もない。
陳列棚には洗剤やボックスティッシュに、化粧品や電池と日用品が置かれている。食料と飲料は別格の扱いとなるためか、やはり何一つ残されていなかった。
「よく物が残っているな。みんな持ち帰ったりしないのかよ?」
「必要な分だけ取るようしているんだの。補給も小まめにあるから、偶にしか品切れはならないの」
独占などあればすぐに無くなりそうなものであるも、人々は良識の範囲で動き大きな混乱はないとまこたんは言う。
終末世界と限られた物資の中でも、効率的に生活が送れているとの話。函館山展望台の秩序は、個々の意識も高く保たれているようだ。
「まこたんは凄いな。いろいろ教えてくれて、本当に助かるよ」
「えっへん!! もうお姉ちゃんだから、当然の事だのっ!!」
しっかりした対応に関心をしては、まこたんは胸を張って息舞えていた。
案内を受ける前に仲村マリナから、まこたんは世話焼き賛辞を喜ぶと聞くところ。やはり褒めると顕著に出るらしく、称賛を送るに相応しい対応だった。
***
まこたんの案内でレストランや広場を巡り、イベントホールを経て次は屋内ラウンジに。景色を一望できる大きな窓があり、展望台の一角に設けられる静かな場所だった。
「ここがラウンジだの。お気に入りの場所なんだの」
大きな窓へ近づきまこたんは言い、ラウンジ奥へ顔を向ければ老婦人が座っている。
「おばあちゃん。この人が蓮夜さんだの」
まこたんは駆け寄って紹介し、老婦人は笑みを浮かべて頷く。
老婦人は目を向けて、ぶつかり合う視線。しかしその目はどこか、遠くを見つめるような曇りがあった。
「おばあちゃんは……認知症? らしいんだの。いつもは静かで優しいのに、たまに怒ったり叫んだりするの」
まこたんは病気を理解していなくとも、経験から症状につき理解していた。
認知症であることは仲村マリナから、こちらも話を聞き伝えられていた。現在と過去が混同して、癇癪を起こすこともしばしば。日常生活を一人で送ること難しく、常に介護が必要な状態だと言う。
「あなたは、……ヤマトの。ヤマトは……ヤマトは元気なのかい?」
声を細くそれでもしっかりと見つめ、懇願するように問うてくるヤマトの祖母。
ヤマトの祖母は認知症になっても、常に忘れず気にかけていた存在。それこそが孫のヤマトであり、大声を発するときはヤマト絡みが多いと聞く。
「はい。ヤマトさんは岩見沢で元気にやっています。人々を守るために一生懸命頑張っていますよ」
できるだけ安心させるよう、柔らかい声で話を伝えた。
「ああ……よかった。あの子は無事か、それだけが心配だったのよ……。毎日、毎日、ヤマトが無事でいるかどうか、気が気じゃなかったの……」
ヤマトの祖母はしわだらけの手を握りしめ、表情を緩ませ瞳に涙を浮ばせ感謝していた。
認知症となり自分のことが疎かになっても、ヤマトを気にかけ心配する姿勢。ヤマトの祖母がどれだけ孫を愛していたか、切実な対応から肌身に染みて痛感できる。
「蓮夜さん……ありがとうね……」
知る限りの近況を話し伝えると、ヤマトの祖母はとても感謝していた。
この世界がどれだけ過酷であっても、誰かを思いやる心は変わらない。胸に湧き上がる温かな感情を、何よりも大切なものだと思えた。
まさかこんな形で、会うことになるとはな。
それに黒木さんやミサキは、ヤマトを探しに行っていたのか。誰を探しにとは聞いていなかったけど、知り合いが関係しているとは思ってもみなかったぜ。
函館にて住んでいたとは聞くところも、着いて早々に尋問中の遭遇。図らずもペンダントは疑いを晴らすキッカケとなり、タイミング的にも幸運としか言いようがない。
しかも話を聞いていると、黒木さんとミサキが千歳へ向かった理由。それはヤマトの祖母が会いに行くと譲らず、赴任先とされていた千歳市。自衛隊への救援要請も絡めて、代わりに向かっていたようだ。




