第260話 函館2
窓越しにも眼下に広がる函館市街の景色は、色とりどりのタイルを敷き詰めたかのようであった。
青い海に整然とした街並みが広がり、市街地を走る道路は細い糸のように曲線を描く。港には停泊する船の姿が小さく見え、昼間の眺望は自然と都市が見事に融合した風景だ。
「お前は本当に、スパイじゃないのか?」
しかし風景に浸っている時ではなく、男が鋭い視線を向け緊迫した雰囲気。
口元を緑のターバンで隠し、迷彩色のシャシにパンツを履く二人の男。函館山展望台にあるレストランにて、椅子に手足を縛られ尋問を受けていた。
「何度も言っているだろっ!! 俺は今さっき函館に着いたばかりで、五稜郭組とか全く知らねぇよっ!!」
身に覚えのない疑いをかけられたようで、自身の潔白を証明しようと訴える。
質問と会話の内容から察するに、現在は函館山組と呼ばれる者たちの拠点。函館には白いターバンの五稜郭組もあり、生存者は二つのグループに分かれているようだ。
「だったらなんで、こんな時期に函館にいるんだ? 本当は五稜郭組の手先なんだろ?」
無限ループのよう男に同じ質問を繰り返されては、冷静に受け応えをしても全く信頼をされていない。
函館山組と五稜郭組には揉め事があり、当面の問題は食料の盗難事件。鍵付きの倉庫で保管していたにも関わらず、破壊なくゴッソリと盗まれたとの話。何者かが手引きをして、スパイがいるとの結論らしい。
「だから東京へ向かうために、函館を通ることになったって言っているだろっ!!」
何度となく類似の質問を繰り返されても、一貫して同じ主張をする他にない。
まるで心当たりがなければ、完全に謂れのない嫌疑。黙って言いなりに罪を被るなど、とても納得できる話ではない。
「ならば、その証拠を見せてもらおう」
言って男は迷彩色リュックを逆さまに、荷物をテーブルにぶち撒け始めた。
出てきたのは缶詰やカップ麺など食料に、着替えや水筒に地図と旅に必要な物。他には雨具や簡易テントとあるものの、特におかしな物はないはずだ。
「次は身体検査だ」
未だ疑いは晴れぬと半ば強制的に、身につける物の確認へと移行。椅子に手足を縛られていた状態から、開放されようとするときであった。
「ここにいるんじゃないかい? ここにいるんじゃないかい?」
「おばあちゃん。勝手に動き回ったら危ないだの」
ヨタヨタと足取り不安に歩いてきたのは気品を感じる高齢の老婆と、後ろに付いて年齢は五か六歳ほどのほんわかした雰囲気ある女の子。
老婆は紫色のバケットハットを被り、花柄で白基調のシャツにベージュのパンツを着用。女の子は左右に一つずつ、二つのお団子が作られた髪型。肩周りがピンク色で基本は白のシャツに、ピンクのスカートを着用している。
「二人とも、今はまだレストランに来たらダメだ」
「ごめんだの。でもおばあちゃん。何かを探しているみたいだの」
男の一人は二人の元へ向かって注意を促し、女の子はレストランに来た理由を説明している。老婆と言えば人を探していたかと思えば、今度は床に這いつくばって何かを探している様子。出ていくよう説得しても聞く耳を持たず、態度を硬化させて対応に困り果てていた。
「手を止めずに、ポケットから物を出すんだ」
様子を見て身体検査が中断していたところ、もう一人の男が促し再開を告げる。
「何か変な物が出てきたら、わかっているだろうな」
スパイと認定される物が出れば、処罰は間逃れぬと男は言う。
しかし何を見られようとも、困る物など一つもない。故に今は一言も口答えせず、従うことに抵抗をしなかった。
「あっ……。やべっ……」
ポケットから物を出しているとき、落としたのは銀色で楕円形のペンダント。
「なんだ? それは?」
「ただのペンダント。ヤマトっていう自衛隊員から、祖母に渡してくれと預かった物だ」
すぐさま男による確認が入るも、なんら気に病むような物ではない。
岩見沢から東京へ向かうと決めたとき、苫小牧から船で本州行きを期待していた。まさか本当に函館へ来ることなるなど、当時は露ほどにも思わなかった話だ。
「何か怪しい物でも、入っているんじゃないだろうな?」
言って男はペンダントを開き、中を確認しようと動き始める。
五稜郭組と繋がるメモなど探しているのか、しかし中に入っているのは単なる写真。幼き日のヤマト少年と、祖母が映っているのみである。
「なんだ。ただの写真か」
「ちょっと、そのペンダントを見せておくれ」
つまらなさそうに男は見て言い、老婆は近づいてきて要求する。
老婆はペンダントを奪い写真を見つめると、顔を近く食い入るような眼差し。二人の家族写真だから第三者なれば、特に興味を持つような物ではないはずだ。
「これは……間違いない。ヤマト……私の孫だよっ!!」
老婆が言葉を言い放った瞬間に、部屋の空気は一変した。
「そういえばヤマトって、どこか聞き覚えあるな」
「あれだ。黒木さんたちが千歳まで、探しに行った自衛隊員だ」
二人の男にも何やら思うところあるようで、顔を見合わせ身体検査は中断された。
「なあ。なあ。ってことは、この人。スパイと違うんの?」
「……」
女の子は半ば閉じた目を向けて言い、二人の男は対応に困惑していた。
ヤマトは千歳にいると考えられていたようで、知り合いとなれば函館にいなかったこと明らか。となれば五稜郭組と繋がる点は薄く、ほとんどスパイの嫌疑は晴れた形だ。




