第256話 やむを得ない抜擢
「そこで偶然にも、ラジオを聴いて函館へ向かっていたのか」
苫小牧前の民家にて、受けた情報源は同じだった。
現在の函館山には、多数の生存者あり。ラジオを発信できる文明と人がいれば、医療体制や従事者がいても不思議ないとの考えだ。
「結局は僕の判断ですから、弁解の余地はありません。それでも、どうかみなさん。妻を助けるのに、力を貸してくれませんかっ!?」
男性は言い訳をすることなく、責任を一手に嘆願をしていた。
物腰を低く丁寧に、誠実さを見せる対応。それでも切迫の詰まった状況なれば、余裕は微塵もなく必死の頼みだ。
「あの、えーっと。どうしましょう?」
偶然にも正面で言葉を受けたミサキは、どうしたものかと顔を左右に判断を仰ぐ。
「……そうね」
「まあ、向かう先は同じだしな」
ハルノは気難しそうな顔をして言うも、目的地は一緒であるという事実。
「でも、車は四人乗りよ。どうやっても、全員は乗れないわ」
しかし同乗させるにしても、ハルノは問題があると指摘。
乗車可能人数を超過している上に、各々の荷物もあり狭くなった車内。今から大人を二人も加えるなど、天地をひっくり返しても無理な話だ。
「キーを貸してくれるかな?」
「……はい。どうぞ」
黒木さんは向き合い言うと、男性は鍵を取り出し手渡す。
受け取った黒木さんは、スタスタ歩きバイクの元に。跨って乗ると鍵を回して、エンジンを起動させた。
「ガソリンの量は十分。問題は何もなく、走行は可能」
黒木さんは車体やメーターを見て、状態につき細かく確認をしている。
「黒木さん。どうするつもりですか?」
「二人を乗せるとなれば、誰かが車を降りねばならない。となれば降りた者は、バイクを使えばよい話」
何を考えているのか意図を問えば、黒木さんは乗り替わればよいと結論をつける。
「ってことは運転するのは、俺か黒木さんのどちらかですよね?」
状況を考慮して、二者択一を考える。
妊婦である女性は体調不良もあり、夫の男性は肩を支えて動揺している。今のままではバイクはもちろん、車の運転すら厳しいだろう。
「俺に車の運転は無理ですよ。技術や経験が足りないのはもちろんですけど。みんなの命を乗せてなんて、まだとても荷が重すぎます」
自分一人の命を懸けるならいざ知らず、車の運転は同乗者の運命も左右する。運転講習の時間が短ければ、他者を乗せて走行する自信はない。
「車の運転が無理ならば、もう一つの選択肢しかないだろう」
黒木さんはバイクのハンドルに触れ、他の方法はないと運転を勧められる。
バイクの運転は車と比較し、免許取得が容易なのは知るところ。普通免許あれば二輪も制限あるが走行可能となり、技術的にも今日までの教えが活きるところだった。
「ちょっと、蓮夜!! スピードは出し過ぎず、絶対に安全運転してよっ!!」
後部座席にて背中に掴まるハルノは、走行につき安全性を最も重視していた。
他に適任者いなければ、やむを得ない抜擢。休憩所にてバイクの運転につき、黒木さんから最低限の運転講習。僅かに二時間と短ければ、ハルノが不安に思うのも無理はない。
「ああ!! わかっている!! しっかり掴まっていろよっ!!」
乗用車に二人が乗るとなれば、比例して降りる人が必要。
バイクの後部座席へ乗ることになったのは、終末の日から最も多くの時間を過ごしたハルノ。時代逆行とヘルメットもなく、初めての運転は少し緊張するものがあった。
***
「最初の方は緊張もしたけど。慣れると風が気持ちよくて、爽快な部分もあったな」
風を切るという行為は、肌感覚から好きであったところ。ヘルメットなければ髪を後ろへなびかせ、全身に風を浴びるという感覚。運転につき不安な部分あったものの、次第に慣れて少し余裕もできた。
「言っても初心者の運転だから、少し怖かったわよ」
後部座席に座っていたハルノは、不安や恐怖がやや勝っていた様子。静狩峠を越えては、海岸線の道を一直線に。長万部へ入り三メートルはあろう、カニのオブジェが出現。【かにめし】と大きく書かれるレストラン前にて、三十台分はあろう広い駐車場で休憩のため停車。
赤い屋根に白い外壁で、二階建ての建物となるレストラン。雨風雪に打たれたせいか建物は全体的に色褪せ、築年数も相当だろう壁には黒炭も見える。
「車にしてもバイクにしても、まだまだ初心者。ゆとりを持つのも大事だが、油断をしないほうが良いだろう」
駐車場にて車を止めた黒木さんは、運転席から降りて近づいてくる。
『かもしれない』や、『だろう』など。たしかに黒木さんの言う通り、楽観は運転において危険な要素である。
「長時間の運転は、集中力や判断力の低下。事故に繋がる可能性も高まる。故に適度な休憩や休息が重要」
黒木さんは煙草に火をつけ、白煙を吐きながら言っていた。
先行する乗用車の後ろに続き、付いていくだけの走行。黒木さんたちが駐車場へ入ったのは、運転時間を考慮し休憩とするためだった。
「ハルノ。どこへ行くんだよ?」
会話の最中にこそこそと、離脱していく姿に問う。
「……お手洗いよ。いちいち聞かないでくれる? デリカシーがないと言うか、気が回らないわね」
休憩のタイミングであるから、ハルノに察しろと咎められる。
車を降りての休憩は、生理現象が一番に多いか。たしかに長時間の運転だったから、ナンセンスな質問だったかもしれない。




