第253話 物々交換
「へぇ。東京へ向かって。それはなんとも、本当に大変な事だ」
ペンションに入り長机を前に、笑顔な最年長の柏木は理解を示す。
柏木を中央にして、右の女性はヒナ。左の男性をシュンと言い、三人は探索に動いていたらしい。
「探索ってことは、近くに拠点があるんですか?」
話の流れにて質問するも、向けられる視線はどこか厳しい。
「オイオイ。オレらのこと探ってんのか?」
長机に肘を置き前傾姿勢で、威圧的にシュンは言う。
「シュン。あんたが喋ると話が拗れるから、柏木さんに任せて黙っていな」
ヒナは腕組みをしながら冷静に、目を瞑りながら自制を促している。
「オイオイ。ヒナ。もしかしてお前。ビビってんのか?」
「テメェ、シュン。もう一度、言ってみな」
体を捻って標的を変えるシュンに、ヒナもピキッと空気が重くなった。
二人は仲間であるはずなのに、どこか不安定な関係。今にも立ち上がりそうで、まさに一触即発の雰囲気。
「ビビリ。腰抜け。ペチャパイ」
「いいだろう。シュン!! 表へ出なっ!!」
シュンは言葉を汚く挑発を続け、ついにヒナも堪忍袋の緒が切れる。
両者ともに立ち上がって、廊下へ向かい揃って退場。リビングに残るのは、三人のみとなった。
「はっはっはっ。面白い奴らだろ?」
柏木は見慣れたものだと、余裕の笑顔を見せている。
普通ならば仲裁に入って然るべきであるも、日常茶飯事ならば戯れか。全く憂慮していなければ、特に気にも留めていなかった。
「ねぇ。蓮夜。この人たち……大丈夫なの?」
隣に座るハルノは隙を見て、小声で人間性に疑問を抱く。
「わからないけど。情報交換ってことだし。薬だって持っているかもしれない。無下にはできないだろ」
有益性あると判断して、穏便に済ませたい話。三人それぞれに癖があり、深く関わるはナンセンスに思えた。
「どうして屍怪が出現したか、その原因について知っていますか?」
二人は揉めて廊下へ退場したので、話のできそうな唯一の存在に問う。
横から話を遮られては面倒なので、正直なところ退場はありがたい。戻ってくる前に済ませられれば、理にも叶って好都合だ。
「それはおいらにも、全くわからないな」
柏木は淀みなく答えてくれるも、さすがに厳しい案件であったか。
今までいろいろな事を見て、想像もされる原因。それでも断定的なことはなく、一個人の特定は高難易度だろう。
「もう一つ。風邪薬を持っていませんか? 俺たちの仲間が風邪を引いて、治すために薬が欲しいんです」
現実的にもしかしたら、持っていても不思議ない物。終末世界に行き着いた原因より、幾分か希望を持てる内容だ。
「まあ、ないって話でもないわな」
直接的な表現こそしないものの、柏木は薬を所持している様子。
分けて貰えれば、ミサキの風邪も回復へ。今は喉から手が出るほど、切実に欲しい代物だ。
「それなら俺たちに分けてもらえませんかっ!?」
「ああっん!! なんで見ず知らずのお前らに、貴重な薬を分けないといけないんだっ!!」
好転の希望を持ったところに、戻ってきたシュンは不平を述べる。
他人が困っていようとも、助けるつもりは毛頭ない。身内と他者を明確に分けて、情というものは薄いようだ。
「ならどうすれば、譲ってくれるんだよっ!!」
人が苦しんでいるというのに、手前勝手な姿勢に憤りを覚えた。
他人であっても気遣い、互いに助け合う姿勢。終末の日から優しさや配慮と、思いやりを忘れてしまったようだ。
「そうだね。物々交換。あたしらはいつも、それで済ましているんだ」
ヒナが提案をしたのは、旧時代から使われる方法。
お金という概念が生まれる前から、人々の間で行われていた営み。生きるための術ともいえ、ある意味で人間らしい方法でもある。
「蓮夜。どうするつもり? 最低限の荷物はあるけど。多くは黒木さんと一緒に車の中よ」
耳元にて呟くハルノの言う通り、今はほとんど最低限の物しかない。
リュックや寝袋に、水筒に着替え。缶詰や乾麺と非常食はあるものの、多くは黒木さんと一緒に車へ残してきた。
「黒木さんはまだ戻ってないし。ミサキの調子は悪いままだ。絶対に交換ってわけでもないし、交渉だけでもしてみようぜ」
所持品を長机に広げて並べ、物々交換がスタート。三人が各々に物を見つめ、品定めと吟味を始めた。
「お前ら本当に、ロクな物を持ってないなぁ」
多少は期待していただろうシュンも、物の少なさに哀れみの視線を向けてくる。
「缶詰が三つに、インスタント麺が三袋。これじゃあほとんど、交渉にもならないね」
食料の質こそは良いものの、数が足りぬと指摘するミク。柏木は目を細く笑顔で、長机よりこちらを見ている気配だ。
「シュン。ミク」
柏木は二人を呼び寄せると、三人で内密に密談を始める。
何か目ぼしい物でもあったのか。相談をしている様子も、ヒソヒソと声は聞こえない。
「ねぇ。あんた。さっき外で、刀を振るっていたよね?」
「その腰に納めている物。それって刀じゃね?」
三人は相談を終えたようで、ミクにシュンが問うは黒夜刀の存在。
黒色の鞘には銀で二本線が走り、ソーラーシートが埋め込まれる。抜き差し口となる場所では、台形状に厚みある機械装置。迫力ある獅子の姿が描かれ、発熱機能と蓄電機能を有す。短時間であれば漆黒の刃を、赤く高熱を宿せる特異な刀。終末の日より再び手に、日々を乗り越えてきた愛刀だ。
「もしかして、刀と交換って言うつもりっ!? ありえないっ!! 馬鹿げているわっ!!」
さすがに物の格が違うと、ハルノも声が大きくなる。
「別にオレらはいいんだぜ。交換しなくても」
「見合う物がないんですもの。仕方ないわよね」
シュンとミクは静かに言い、完全に足元を見ているようだ。
「最初からこれが狙い? 本当に悪党ね」
ハルノは主犯を見透かしていると、一人で言葉を発さぬ強か者に言う。
「オイ! お前!! 柏木さんに因縁つけてんじゃねぇぞ!!」
「本当に、言いがかりはよしな」
シュンは感情的に物を言い、ミクは冷静で呆れた素振り。
ハルノも理不尽には黙っていられぬと、一歩も引かずに荒れそうな雰囲気。このまま話を続ければ、乱闘にもなりかねない。




