第252話 生者との遭遇
「バリケードを作っている時間なんて、……とてもないわよ」
二階から下りてきたハルノも、隣に立ち明らかに困惑している。
外を見れば十体以上が横に並び、窓を叩いて開けろと訴えている。もしも侵入を許せばあっという間に、ペンションは屍怪に占領されてしまうだろう。
「アガッ!!」
窓を叩いていた一体の頭が割れて、ズルズルと力を失くして倒れた。
「ウガッ!!」
「ウゴッ!!」
さらに二体が立て続けに倒れ、鮮血に染まりゆく大窓。こちらも揃って頭が割れており、何者かが攻撃しているは明白だった。
「もしかして、黒木さんが戻ってきたのかっ!?」
このタイミングでペンションに来る者など、他に誰が想像できようか。
薬とガソリンを探しに、一人で向かった黒木さん。目に見える窮地を打開しようと、単独で動いたのかもしれない。
「ちょっと!! 蓮夜!! どうするつもり!?」
玄関へ足を向けたところで、追ってハルノは問うてくる。
「黒木さんが助けにきたとしても、さすがに一人じゃあの数は厳しいだろっ!! だから俺も外に出て、加勢をしてくるっ!!」
黒夜刀を腰に向かうは、屍の怪物が集う外。
屍怪の数が少なく見積り、仮に二十体ほどだったとして。それでも黒木さんが一人なれば、相手をするのに手を余すだろう。
「蓮夜が加わっても、無理だった場合はどうするつもり?」
玄関にて見送る立場のハルノは、まだまだ不安が尽きないようだ。
「その場合は屍怪をどこかへ誘導してくる。ハルノはミサキと二階で、俺が出たら入口に鍵を。戻るのを待っていてくれ」
頷く姿から最低限の理解は得られたようで、玄関を開けて屍の怪物が待つ外へ。
正面にあるは左右に五台ずつ、十台は止められる駐車場。今そこに車は一台もなく、いるのは屍怪と化した者たちだ。
***
「一刀理心流。光一閃」
光の如く間合いを詰め、鞘から刀を抜き放つ抜刀術。手始めに一体の首を飛ばすも、まだまだ脅威は尽きない。
屍怪は首を落としても、頭が健在なら絶命しない。地に顔を付けながらも、向けられる視線。歯をカチカチと何度も開閉させ、依然として獲物への飢餓感を示す。それでも胴体を失っては歩けず、今や無力に等しい存在だ。
「黒木さんが裏にいるとして、表にもかなり屍怪がいるな。俺が裏へ行ったら、コイツらも付いてきちまう。まずは目の前を、なんとかしねぇと」
ペンション前の駐車場には、一見して十体ほどいる雰囲気。裏庭に加勢へ向かいたくとも、表の対応で手が折れそうだった。
「一刀理心流。蛟龍連撃」
上段から振り下ろす一斬を始めとし、下段から切り返しを放つ連撃。囲まれないよう慎重に、間合いを保ちつつ一体ずつ確実に。
時間こそ相応に要したものの、駐車場にて顔を伏す十体。表にいた屍怪を一人で、なんとか無事に一掃できた。
「まさか本当に、生きた人がいるとわね」
駐車場隣の草陰から出てきたのは、紅色の髪をした女性。年齢は二十代前半から後半くらいか、身長は百七十センチほどありそう。肩まであるミディアムヘアで、襟足は外へ跳ねている。
赤い長袖のシャツに、ベージュ色のパンツ。小さな黒いリュックを左肩に、右手に持つのは先端の尖った槍。吊り目でどこか刺々しく、好戦的な雰囲気に思える。
「オイオイ。面倒くさいし。手早くヤっちまうか?」
続いて出てきたのは、白色の髪をした男性。こちらも二十代前半から後半くらいで、女性よりやや高い身長。サラサラとした髪質であり、マッシュルームヘア。
白黒の長袖ボーダーシャツに、白色のパンツを着用。左肩にはお揃いの黒く小さいリュックで、右手に持つは刃の光るナタか。引きつったよう顔で、血気盛んな印象を受ける。
「コラコラ。二人とも。そう威圧したり、物騒な事を言うもんじゃない」
諌めるよう最後に出てきたのは、額を広く髪の薄い男性。年齢にして五十代から六十代で、身長は比較し小さく百六十センチほどか。体格も小柄であるため、体重は非常に軽そうだ。
深緑色のレインジャケットに、灰色のレインパンツ。背負っているのは、大きな黒のリュック。瞳が見えぬほどの細目で、垂れ目であるから一見しては優しそう。
「いやいや。すまない。後ろの若い二人は、歳なのか性格なのか。狂犬みたいに、血の気が多くてね。悪意はないんだ」
前に出て話しを始める男性は、下手に出て丁寧な言い振りだ。
二人がヤバそうなのは、なんとなくわかるけど。
……なんだ。目の奥が笑っていないというか。もしかしたらこの人が、一番ヤバい気さえする。
言葉が丁寧で笑顔を見せる対応も、本能的に訴えかける感覚。外見など表面的な部分を度外視に、内面に覚える危機感は直観的なものであった。
「見させてもらったよ。屍怪を相手に、大立ち回り。それはもう、本当に見事なものだ」
男性は笑顔で褒め称えるも、言葉を聞いて思うところ。
見ていたなら、なんで助けないんだよ。
多くの屍怪に囲まれる状況を、ただ静観していたということ。
一掃したところで姿を現し、若い二人の読めない発言。ハッキリとは言えぬところも、不信感を強く持った。
「まぁ、そのなんだね。このペンション。君が住んでいるのかな?」
当たり障りない質問も、全て探りにさえ聞こえた。
庭の方で屍怪を倒していたのは、黒木さんではなく彼ら。ペンションを襲う行動に異常性あったため、三人が揃って撃退に動いたらしい。
「住んでいるってわけでは。今は体調を崩した仲間がいて、少しの間……借りているだけです」
答えないと不自然であるから、嘘偽りなく真実を答える。
仲間という言葉に眉を上げ、顔を見合わす後ろの二人。一人でないと知って、何か思うところある様子だ。
「生存者同士が遭遇するなんて、終末世界において珍しい話だ。お互い情報交換に、話だけでもどうだい?」
男性は笑顔を崩すことなく、機会であるからと提案する。
正直なところ印象から、どこか胡散臭さはある。それでも風邪薬を持っている可能性あれば、邪険に扱うこともできなかった。




