第250話 湖畔のペンション
「早く薬を手に入れて、休める場所を探さねぇと」
助手席に座り外を見つめれば、時おり過ぎる民家と右手には湖。事が急を要する事態となれば、心理的に落ち着かない状況となっていた。
「それだけじゃあないわよ。もう一つ重大案件。車が走れなくなったら、進む足を失うわ」
後部座席に座るハルノは、燃料切れを危惧している。
函館を目指して車を走らせる中で、起きた二つの出来事。一つは車を使用すれば、当然に起きるガソリン切れ。そしてもう一つは、後部座席にてぐったりするミサキ。体調を崩してしまったようで、風邪なのか熱と悪寒に襲われていた。
「どっちも、なんかとしねぇと」
高速道路を降りた一向は、青き湖を右にして進む。湖の名前は洞爺湖と言い、日本で三番目に大きいカルデラ湖。周辺約四十三キロの広さで、最大水深は約百八十キロ。
湖の中央には中島と呼ばれる島があり、火山活動によって誕生した溶岩ドーム。四方を水に囲まれ道はなく、完全に孤立無援な離れ島である。
「今よりさらに連れ回しては、より体の負担となるだろう。まずは何より、体を休ませること優先。二人は付き添いを、薬とガソリンは一人で探してこよう」
黒木さんは体調を憂慮して、先んじて休息を取らせる決断。
決めた場所は湖畔に立地し、西洋風な二階建てペンション。駐車場は対面で左右に分かれ、五台ずつ合計十台ほど駐車可能。青い三角屋根に外壁は白く、側面には木々と裏庭には芝。緑に囲まれた建物で、隠れ家的な雰囲気がある。
「了解。黒木さんも気をつけて」
車を走らせ一人で去りゆく姿を他所に、ペンションへ戻って帰還を待つ。
三人が並んでも余裕ありそうな、廊下を歩いていけばリビング。天井は高くファンがあって、温かみあるフローリングの床。正面から右にかけて庭の見える大窓あり、今はレースのカーテンが閉まったまま。中央には六人掛けの長机に、合わせるよう六脚の椅子。右側には煙突つきの暖炉もあって、ゆりかごのよう揺らせるロッキングチェアも。西洋風な雰囲気は各所で、別荘にでも来たよう感覚だ。
「黒木さん。一人で大丈夫かしら?」
単独行動と離れることになり、椅子に座るハルノは心配していた。
「大丈夫だろ。対応力もあって、頭も切れるし。それに腕っぷしも強いって話だから、それより問題となるのはミサキだ」
今は一階の別室にて、ベッドに眠る病人。道中にて頼れそうな病院なく、薬は何も入手できなかった。
今できることと言えば、安静にしているくらいしかない。
「やっぱり少し、寒かったせいかしら?」
「かもな。慣れない環境だし。疲れが溜まっていても、全く不思議はない」
昨夜を思い返し言うハルノに、要因は一つでないと見解を示す。
体力面か精神面か、それとも環境面か。地面にて寝ること抵抗あり、虫をも苦手としていたミサキ。繊細な面は見え隠れするところで、本来ならば旅に向く性格と思えない。
「今は黒木さんが戻ってくるのを、俺たちは待つしかないな」
「そうね。ミサキの様子は随時確認。悪化しないように、注意を怠らないようにしましょう」
体調回復には薬か医者か時間か、ハルノは容態の変化を気にかけていた。
一階に三部屋あり、二階にも三部屋。類似の間取りと内装で六部屋と、アットホームさもあるペンション。今は打つ手をなくして、信じて待つ他にない。
***
「ゴホッ!! ゴホッ!!」
ペンション一階の一室にて、眠るミサキは咳をしている。
ベッドは並んで左右に二台あり、ミサキは奥の左を使用中。部屋には背もたれある椅子が一脚に、小型の丸いガラステーブルが一台。壁に接する形で机があって、机上には鏡も備え付け。窓はベッド頭上に一ヶ所あるも、今は睡眠に合わせカーテンは閉められている。
「どう? ミサキの様子は?」
部屋からリビングへ戻って、長机を前に座るハルノに問われる。
ペンションに身を寄せてから、二時間以上が経過したか。一人で外へ向かって黒木さんは、未だ戻らず進展はない。
「相変わらず咳をしているから、良くなってそうにないな」
ベッドにて休ませるのみでは、簡単に容態は回復しないか。
今はミサキの免疫力にのみ、頼っている状況。薬などで加勢できれば、早く回復へ向かえるというもの。
「黒木さんはきっと、遠くまで行っているはずだよな。それなら俺は、近場を見て来ようと思う。ハルノ。一人になるけど、任せて大丈夫か?」
戻りが遅いことから、身支度をしつつ提案。一見して目ぼしい場所はないものの、近くには少なからず民家もあろう。
民家に風邪薬でもあれば、ミサキの助けになるとの考えだ。




