第249話 意味深
「どう? 車をぶつけたりしなかった?」
食堂にて待機していたハルノは、運転ぶりにつき問うてくる。
「初回だからな。安全第一。黒木さんの教え方が上手いから、全て順調で無事に終えたぜ」
まだまだ未熟と知るところも、最初の滑り出しとしては及第点。
自動車教習所と違って、定められぬコース。それでも駐車場を臨機応変に、止められた車を避けつつ走行。運転こそ初めての体験であるも、気持ちとしてやはり楽しかった。
「あの、えーっと。わたしも運転できるでしょうか?」
ミサキも話に興味があるようで、操縦につき食いついてきた。
「黒木さんとミサキは、同じ函館だよな。機会は多くありそうだし。頼んでみれば良いと思うぜ」
長く一緒にいるとなれば、タイミングは多くあろう。黒木さんの承諾を前提とし、あとは本人のやる気次第だ。
「蓮夜が運転できるようになったら、次は私に教えてくれる?」
「ああ。今はまだまだだけど。できるようになったら、教えるのもやぶさかではない」
ハルノはマスターすることを前提に頼み、受けては気分を良く得意気に了承した。
できる者ができぬ者に、技術を教え伝えること。終末の日より以前から、行われていた人の営み。能力を持つ者が増えることで、行動の幅が広がるのは喜ばしいことだ。
***
「みんな駐車場に、集まってくれるかな?」
食堂へ戻ってきた黒木さんは、唐突に外へ出るよう求めた。
「何かあったんですか?」
「フフフッ。来ればわかる」
後ろを付いて行きながら問いかけるも、黒木さんは多くを語らず駐車場へ。
先頭の黒木さんが立ち止まったのは、大型輸送車両とトラック前。車体には【11】と記載あり、よく見るコンビニの商標だ。
「黒木さん。これって……」
「商品を積んだ輸送車。荷台に荷物が残っているのは、すでに確認済み」
疑問を投げかけると間もなく、黒木さんは答えを教えてくれる。
駐車場に止められていたのは、商品を運ぶコンビニの輸送車。荷台には青いトレーが重なり、他には封をされたダンボール。雑貨や飲料水はもちろん、食料も残されているようだった。
「青いトレーの物はダメね。どれも腐っていて、見られたものじゃないわ」
荷台に乗りハルノが目を向けたのは、弁当やパンと比較的に賞味期限が短い物。
終末日からすでに、半年近くが経過。完全に腐っていれば、密封されても僅かに臭う。
「おっ!! こっちのダンボール。カップ麺って書いてあるぜっ!! それにあっちは、缶詰!! 他にはドライフルーツ。この三つは間違いなく、問題なさそうだな」
サービスエリアの売店には何もなくとも、止められていた車という盲点。
日々を生き抜くために、必要となるのは食料。図らずも偶然が重なり、多くを入手することができた。
「食料を見つけたのは良いけど。少し多すぎるな。さすがに全部は、入り切らないぜ」
ダンボールそのまま車内へ運ぶも、さすがは輸送車の積載量。
元から荷物を積んでいる上に、トランクと後部座席に可能な限り。それでもまだ荷台に食料はあり、とても全て持ち運べそうにない。
「これ以上は厳しそうね。今よりさらに積むとなれば、座るスペースまで圧迫されそうよ」
すでに限界へ到達していると、ハルノは口惜しくも意見を述べる。
可能ならば全て持ち出したいところも、乗用車一台分なれば難しいか。荷物を積んで目一杯となり、人が乗れずしては本末転倒だ。
「もったいないけど。さすがに無理か。あとカップ麺が三箱に、缶詰類が二箱。どう頑張ったって、積めそうにはないし。諦めるしかないな」
滅多に出会えぬ多量の食料に、残念であるも仕方ない状況。運ぶ手段をなくして、残していく他にない。
「フフフッ。まあそこは、無理をしてでも。限界まで持って行こう」
しかし黒木さんはまだ、積む姿勢を崩さなかった。
黒木さんは他車の屋根から、荷物を乗せる荷台を取り外し。上手く乗用車に取り付けて、全て食料を積むことに成功した。
「しばらく食べる分には、困りそうもなかったけど。意外と黒木さんにも、貪欲なところがあるんですね」
食料を確保することには賛成も、予想以上の諦めぬ姿勢に感服。
「フフフッ。食料と言うのは何も、食べるだけの価値ではない」
黒木さんは不敵に笑い、意味深そうに言っていた。
食料というのは生きるため、腹を満たすに食べる物。エネルギーとする以外に、どんな価値があるのだろうか。




