第246話 成長
「……鏡があったのかよ」
「気づかなかったの? こんなに大きいのに」
鏡に手を触れてみれば、ハルノと並んで姿が映る。
「蓮夜。少し……身長が伸びたんじゃない?」
「そうかな? 俺としては、特に変わっていない気がするけど」
頭へ手を伸ばしてハルノは指摘し、鏡に映った姿を見つめ思い返す。
他者から童顔と呼ばれる顔立ちに、僅かに茶色がかった黒髪の短髪。いつも跳ねているトップのアンテナ髪に、着用するは紺色カーディガンにベージュのパンツ。そして背負うは愛刀の黒夜刀で、今は持ち手の黒い柄のみ見える。
「間違いなく伸びたわよ。ほとんど毎日、一緒にいるんだもの」
自覚なくとも近くにいるから、ハルノはわかると譲らない。
「蓮夜って、身長が伸びるの遅かったわよね?」
「ああ。十五から十六の間で、一気に伸びたからな。それまであって、百六十弱くらいだったと思う」
過去を振り返って言うハルノに、思い出して告げるは事実。
高校生になってからは百七十に到達し、平均並に伸びた身長。同世代と比較し小柄であった当時は、人並みの高さを羨望しコンプレックスもあった。
「ハルノも言っていたろ。成長期が遅いとか。もしくはもう終わって、頭打ちなのかしらって」
「よく覚えているわね。でも、悪意はないわよ。蓮夜も気にしていたみたいだから、一緒なって心配していたの」
言われた言葉をなんとなく覚えているも、ハルノに茶化す意図はなかったとの話。
十六歳を過ぎても止まらず、伸び続けていた身長。終末の日を百七十三センチとし、今はあって百七十五センチほどか。屍怪が徘徊する世界となっても、人の体は変わらず成長を続けているようだ。
***
「ハルノの身長は、百六十四くらいだったよな?」
「そうね。たぶん女性の平均より、少し高いくらいのはずよ」
比較対象となる身長を問えば、おおよそ間違いないとハルノは言う。
「フフフッ。仲睦まじいこと」
トイレの安全確認を終えたのか、ゆっくりと歩き黒木さんが登場。
「そんなんじゃないですよ。食堂や厨房は問題ないです。トイレの方は大丈夫でしたか?」
鏡を前にして私情の話を聞かれるも、なんら誤解を受けるものではない。
トイレの安全確認へ向かったハルノは、二人より先行し戻っている現状。特に騒動が起きた気配もなく、問題なかったことは推察できる。
「あの、えっーと。なんの話をしていたんですか?」
続いてミサキも登場し、興味深そうに尋ねてきた。
元は人見知りであり、自己主張の弱いミサキ。馴染もうとしているのか、頑張りは態度から理解できた。
「身長の話をしていたんだ。少し伸びたって、ハルノが言うから」
「ミサキは何センチ? 黒木さんもそこそこ大きいわよね?」
質問に対して答えれば、興味本位に問うハルノ。
「百五十六センチです。あまり大きくなくて」
ミサキは質問に答えながら、ほんの少し俯いていた。
黒木さんは百七十六と、ほとんど同じ身長。互いを知り合うことも、仲を深める一歩となるはずだ。
***
「あと見ていないのは、二階にある展望所だよな。安全確認だから、すぐ見に行こうぜ」
四人が揃ったところで、最後の未確認である場所。売店の建物は平屋の造りも、食堂上には二階あり展望所。外観を見たとき文字あって、施設の存在は知るところ。
四方をガラス張りの開放的な造りで、左右のカウンターテーブルは外向く展望所。中央の台座には【ようこそ有珠山S A】と、歓迎のボードが残されている。
「展望所と言うだけあって、一段と景色が良いな」
外へ出れば展望デッキとなり、四つのベンチに望遠鏡。転落防止柵に肘を乗せて、眺めれば視界が開けて気分爽快。
奥には太平洋と水平線が広がり、手前に見える街並みは伊達市か。周囲には豊かな緑もあって、高台ならでは景色も一段と良好だ。
「街にどれだけ、生存者がいるのかしら」
街並みを前にハルノが気にかけたのは、本来ならばそこに住むはずの人々。
終末の日から屍怪が出現して、人口の多い街は軒並み危険地帯。生き延びた人間も多くは、生活拠点を他へ移しているだろう。
「生存者いるところに、……屍怪ありか。そう言えば函館も、かなり人口の多い街だよな」
「そうね。札幌を除けば、上位のはずよ」
函館に人が集まると聞くところも、問いかければハルノは答える。
札幌市を除けば旭川市に次いで、人口は多いとされる函館市。約二十五万人が暮らすとされ、北海道での上位は揺るぎない。
「それだけ人口の多い街なら、間違いなく屍怪はいるはずだ。仮に以前は凌げていたとしても、今はどうなっているか。ラジオで聞いた情報を鵜呑みに、無事でいるかはわからないな」
人口に比例をして、数を増やす屍たち。ラジオ放送にて実情を聞くも、日にちを跨げば過去の事か。
そもそも信憑性にも疑問あり、本当のところ真相は見えない。
「自分の目で見て確認すること。全ては行ってみないと、何もわからない話よ」
結局は現地へ赴く他に、知る手段はないとハルノは言う。
携帯電話はもちろんテレビなども、使用が叶わぬ終末世界。情報も以前までのように、簡単に入手できないのだ。




