第240話 地獄の谷23
【お土産店】や【温泉名物】と看板が掲げられ、観光商店の並ぶメインストリート。
入口を塞ぐように、横並びに停められた車。四台の間隔は詰められており、乗り越えずに通行することはできない。
「よし!! 始めてくれっ!!」
準備が整ったことを確認し、合図を送って作戦を実行へ移す。
器用にアームを上下させて、土砂を排除するショベルカー。繰り返しの作業により、徐々に減っていく土砂の壁。排除作業を完全に終えることなく、薄くなった壁はポロポロと崩れ始めた。
「十分だっ!! 屍怪が出てくる前に、避難を始めてくれっ!! ここからは、俺が引き受けるっ!!」
与えられた役目を果たしてくれては、出番がきたと前へ出ての誘導役。
慌てて運転席から降りて、急ぎ離脱する拓郎さん。役目を終えたと虚しく、放置されたショベルカー。事態は急激な変化となり、方向転換の余裕すらなかった。
「先に行っているわっ!!」
「ああ!! あとは任せろっ!!」
助手席の窓を開けてハルノは言い、応えて土砂崩れ現場を見据える。
道を開通させたと同時に、拓郎さんを回収し退避する計画。ペーパードライバーであるも、運転するのは免許を有するウィル。車両はすぐに後ろに待機させており、事は滞りなく万事が順調に運んだ。
「新千歳空港とは違って、ここから先は一本道。俺が相手をしてやるっ!! 来やがれっ!!」
退避する車両の姿を後ろ目に、一人で残っての誘導役。
地獄谷までの道のりは、あって一キロと言ったところ。横道へ逸れる可能性は低くとも、万全を期すための挑発である。
「ヴガァァ!!」
完全崩壊も間近と土砂の壁を突破して、続々と出現する屍怪たち。
顔の右半分が原型なく潰れて、片目しか見えぬだろう者。他も酷く汚れ傷を負った姿で、それでも止まる者は一体もいなかった。
「一刀理心流。円舞」
集団から飛び出してきた二体に対し、黒夜刀を抜き攻撃に備えて身構える。まさに踊るか如く滑らかに、ステップを踏んでは腰を落としての斬撃。
優先して今すべきことは、屍怪を地獄谷へ導くこと。倒す必要のない相手であっても、初手に抵抗の姿勢を見せる斬撃だった。
「とは言え数が多すぎて、これ以上は囲まれちまう」
地に伏せる二体を横目にして、後続の集団を見て思う。
土砂の壁が崩れた先からは、絶えず流れくる屍怪。脆くなった土砂は自然と崩れ、徐々に広がりつつある道幅。今では五体以上が同時に通れ、とても一人で対抗できる数ではない。
「作戦自体を無駄にするわけにはいかない。ここからが本道。ほらっ!! 来いよっ!!」
当初の目的と本来の趣旨に立ち返り、挑発をして屍怪を呼び寄せる。
時おり歩調の速い者や、走る素振りを見せる者。それでも安全圏と十メートルは離して、上手く誘い絶妙な距離を保っていた。
「大丈夫っ!? 蓮夜!?」
観光通りとホテル街を過ぎた坂道にて、戻ってきたのはハルノ。
「ハルノ!! 他のみんなはっ!?」
「無事に花村荘まで送り届けたわっ!!」
今この場にいない人たちが気になるも、ハルノによればすでに避難済み。
「ウィルと一緒に高台へ移動して、状況を見ていたから。今は情報を、伝えに来たのっ!! 連なってきているのは、おそらく三百くらいよっ!!」
ハルノが戻ってきた理由は、知った情報を伝えるため。
新千歳空港では屍怪の行進に直面し、その数は数千単位と大規模。比較して三百は可愛く聞こえるも、自衛隊いなければ総人数で僅か八名。装備も圧倒的に劣っており、とても油断の許される状況ではない。
「……三百か。言っても、楽観視できる数じゃない。それでも、もうすぐ目的地。ハルノ!! ハルノも、そろそろ離れてくれっ!!」
背後には脅威が迫りつつあり、前方には【登別地獄谷】と看板。
モクモクと立ち昇る煙に、鼻をつく硫黄の臭い。上手く屍怪を落とし切れるかは、全てここから先の働きにかかっている。
***
湯気が湧き上がり、泡立ち流れる熱湯。白く変色した岩山に、所々で露出する枯れた土。
物悲しさある殺風景な風景を前に、遊歩道を進んで屍怪を誘導。落下防止柵を破壊した所まで導き、谷底へと落としてしまう計画だ。
「足場が悪い上に、傾斜もあるし。ここから落下させれば、簡単には戻ってこられないはずだ。さあ、来やがれっ!!」
落下防止柵を破壊した所から、谷底まで高さ十メートル近くはあろう。
多少の高さなら登ってくること想定されるも、坂となり脆い土と小石で形成される地獄谷。掴める手すりなどなくして、当然に足の踏ん張りも必要。漫然と動く屍怪の行動ならば、転げ落ちれば戻れぬとの考えだ。
「ヴヴゥウゥゥ」
大口を開けて両手を前に突き出し、迫る屍怪はテンプレートのような行動。
挑発に乗っては獲物へ一直線と、数え切れぬ後続も前習い。短絡的な行動を起こすからこそ、先を読むに容易な部分はあった。
「さあっ!! 早く来やがれっ!!」
用意していたフライパンを叩き、声と合わせて屍怪を呼び寄せる。
本道から逸れた分岐路いくつかあるも、基本的には円形で一周を目的とする遊歩道。高台からは地獄谷の全容を楽しめ、低い位置なら湯に触れらそうな距離。
遊歩道には各所で坂道あり、多くの場で草木の生えた急斜面。グルッと一周するのが基本的なコースで、折り返し地点にある階段前が定めた所。事前準備と落下防止柵を破壊し、階段を強固な鉄柵で封鎖。屍怪は自然と谷へ流れ、落ちていくという目論見だ。




