第232話 地獄の谷15
地下駐車場へ向かい坂道を進んだ先にて、足元にあるは【→】と白文字で指示あり曲がり角。
頭上にあるシャッターは、八割ほど閉まった状態。左側が降りず斜めに傾き、右側のみ落ちて停止している。
「車自体は、十分に残されていそうね」
ランタンと懐中電灯で照らす先を見ながら、ハルノは声を小さく警戒気味に言った。
地下一階においては、百台と記載あった駐車場。決して満車と言わずとも、六割ほど埋まっている雰囲気。軽自動車や乗用車はもちろん、ワゴン車やミニバスまで止まっている。
「外とは違って、嫌に静かだな。屍怪の存在に気をつけて、油断をせずに行こうぜ」
コンクリートで固められた空間は、閉鎖的であるが故に防音効果。風の流れる通りは少なく、足元に積もっているは塵埃。
頭上には無数のパイプやダクトが通り、建物を支えるコンクリート柱が点在。開放的であった外と比較し、圧迫感を覚える雰囲気だった。
「五人で一台は、さすがに多いしな。ランタンは二個だから、二手に分かれてか。でもあまり離れすぎず、それぞれに確認して行こうぜ」
地下駐車場を二列目の中ほどまで進み、効率的に車を探すため提案。
車が二十台ほど五列に、止められている駐車場。二列目の中央付近まで歩き、屍怪がいないかと安全確認。ひとまず問題はないと判断し、本格的なバッテリー探しへ移る。
「嫌なものね。無断で勝手に、他人の車を探るっていうのも」
一緒に動くこと決まったハルノは、良心の呵責に嘆いていた。
本来ならば犯罪行為に相違なく、法を犯し常識を逸脱する行動。それでも今は動く車を探すため、他に打つ手のない現状である。
「バッテリーを探すため、仕方ない話だけど。少し気は引けるよな」
オレンジ色で先端を丸く尖らせ、窓を割るための脱出用ハンマー。本来は事故や災害に遭って、閉じ込められたときが用途。
しかし今は車内を確認するため、窓ガラスを割るに活用。本来の用途とは異なるものの、ハンマーの存在は効率を著しく上げた。
「なかなか鍵が見つからないわね。映画とかドラマなら、すぐ見つかるのに」
ハルノは見合う成果なく、発見率の悪さに愚痴る。
車内に鍵が残されているなど、そもそもレアなこと。運転手が離席していれば、貴重品の付随は自然な流れ。助手席にある収納ボックスや、運転席にあるサンバイザー。残されているハンドバッグでもなければ、発見率は十パーセント以下だろう。
「配線を弄って、エンジンを動かせれば良いけど。それこそ映画ってわけじゃあないし。簡単にできるはずないしな」
専門的な知識を持っていなければ、土台から無理難題できぬ話。
そのため鍵を探す以外に手段なく、地道に車内の探索活動。運転席や助手席に後部座席と、残される荷物の中まで細かく。発見に至るまで何台でも、粘り続ける他なかった。
「ダメだな。動かねぇ」
苦労して鍵を見つけても、結局は動かぬ車のエンジン。
「そもそも本当に、動く車はあるのかしら?」
二台ほど試して失敗なれば、ハルノは根本に疑いを持った。
車は定期的に走らせなければ、自然とバッテリーが上がるもの。仮にEMP電磁パルスの影響を受けずとも、終末の日からすでに半年近くが経過。根本から難しい案件で、元から期待値の低い話だった。
「それでも、探すしかないだろ。他に何があるって言うんだよ? ……ん?」
諦めるわけにいかぬと、視線を次へ向けたとき。
先に止められているのは、青いワンボックスカー。車体には白い文字で業務内容が書かれ、現実のことかと我が目を疑った。
【車の救急車。車の問題。なんでもごされ。バッテリー上がり。パンク。キー閉じ込み。燃料切れ。車のことなら、我が社にお任せ。最速かつ最善で最高な、ロードサービスを提供!!】
止められていたのはトラブル車両に対応と、広告を謳い押し出した救急車両。
「ハルノ!! 見ろよっ!! あの車!!」
望んでいた文言がピンポイントであり、自然と期待に声が大きくなってしまう。
絶望的な状況から一転し、希望の光が見えた瞬間。期待に胸は大きく膨らみ、興奮に震える体。アドレナリンが全身を駆け巡り、身体中に活力がみなぎる感覚だった。
「車の救急車。蓮夜!! 急いで開けて、中を見てみましょう!!」
文字を読み上げてハルノも、期待に胸を膨らませる。
動く車を探し回るより、底知れぬ期待感。何か役立つ道具でもれば、バッテリー復旧に希望を持てる。
「ああ!! そうだなっ!!」
運転席側の窓を迅速に破壊し、内側へ手を伸ばしドアを開錠。
後方へ向かいトランクを開けば、赤い工具箱に工具セット。燃料が入っている携行缶に、車両を持ち上げるジャッキ。牽引ロープや三角コーンなど、様々な道具が置かれている。
「バッテリー上りって書いているくらいだから、絶対に……使える物はあるはずだ」
座席は畳まれ荷物は多くあるから、車内へ入ってさらなる確認へ動く。
青いカゴの中には、十字のトルクレンチ。先端が洗濯バサミのような、赤と黒のケーブル。ソーラーパネルのような板に、持ち手のついた四角い黒箱。
「蓮夜!! それっ!! きっと、ポータブル電源よっ!!」
ハルノが指摘をするのは、四角い黒箱の機械品。
確認のため詳しく見れば、【100V】に【500W】の文字。VやWは間違いなく、電圧に電力と電気に関する単位だ。




