第226話 地獄の谷9
「そんな嘘を信じるほど、お人好しになれないわ」
大判タオルで胸から下を隠しつつ、黒いオーラを纏ったハルノ。背後には噴火しそうな火山が幻像され、【ゴゴゴゴ】と効果音すら形となり見える。
命の危険すら感じさせ、これではいつかの二の舞に。『ムッツリスケベ』に次ぐ、新たな称号を付与されてしまう。
「ねぇ。ハルノ。蓮夜の言っていることは、嘘じゃないよ」
窮地に救いの手を差し伸べてくれたのは、本来なら追求する立場で不思議ないエマ。
しかし言ったことは嘘でないと、それはどういう意味なのか。次の補足説明があるまで、到底理解は及ばなかった。
「ここの温泉は、混浴温泉デス。蓮夜とハルノ。お付き合いしていますヨネ? ならば特に、問題ないと思いマシタ」
湯船に浸かったウィルは頭にタオルを乗せ、平泳ぎをしながら爆弾発言をして登場。
ウィルとエマの認識では、混浴はカップルが入るもの。さらにハルノと交際していると、二重の勘違いが招いた現状。二人は根本的なところから、壮大な大間違いをしていたのだ。
***
「とてもスミマセン。日本の文化を間違ってマシタ」
「エマも。なんか変わっているとは、思っていたんだ」
ウィルは少し困った顔をして頭を掻き、エマは淡々と気にしている様子あまりない。二人はオーストラリア人であるから、異国の文化に疎いこと仕方ない話だった。
「ウィル。さっきの入浴スタイルも、特にスタンダードじゃないからな」
話しを途中に問題が発生したため、間違いを合わせて指摘。
エマも大判タオルを持ってきて、やむなき事情とそのまま入浴中。二人からの説明あっては、ハルノも誤解であると理解できたはずだ。
「二人に悪意がなかったから、今回は特別に許してあげるわ」
同じ文化を知る者同士なら無理でも、異文化の二人ではハルノも寛大であった。
「こことは別に、男女別の温泉もあるらしいぜ」
「ならそっちを、紹介して欲しかったわね」
混浴温泉のみならず、ハルノと意見は一致。
ウィルとエマは騒動も気にせず、離れた所にて入浴し談笑中。今回は結果として、二人に振り回された形だ。
「酷い勘違いだったな」
振り返れば大きな騒動となったことも、終わってみれば全て過ぎた話。
肩まで浸かれば全身を、芯まで温めていく温泉。熱すぎるというわけではなく、長風呂できそうな感じである。
「そうね。でも温泉自体は、決して悪くないわ」
タオルを巻いたハルノは隣にて、脚を温泉に浸けて半身浴。
触れる白緑色のお湯は滑らかで、触れると非常に気持ちよい。滅多にない機会となれば、リラックスしてご満悦な様子だ。
「でもこうやって、温泉に入られる日がくるとはな」
「嫌なことや、大変なことも多いけど。偶にでも良いことがあれば、気持ち的に救われるわね」
露天風呂に浸かりながら、ハルノと振り返る旅の道中。
終末世界なれば時々に、訪れる厳しい瞬間。苦労が報われぬことも、当然に多い話だった。
「それでもいろいろな人たちに出逢い、ときには協力してここまで来たんだ。縁や巡り合わせには、恵まれて感謝しかないぜ」
日は陰り星々が見え始めた空の下にて、来た道を振り返ってしみじみ思う。
人が単独で行えることなど、常に小さく限界がある。時々の場で出逢った人たちと、協力して乗り越えてきた道。一人ではできなかったことも、間違いなく多分にあっただろう。
「……蓮夜。よくそんな恥ずかしい台詞を、真剣な顔で言えるわね」
「何か変なことを言ったか? 特に間違ったことは、言ってないと思うけど」
ハルノから見て引っ掛かりあった様子も、全て嘘なく語っては真の心内。
「特に変ではないわよ。……そうね。偶には恥ずかしい台詞も、悪くないかもしれないわね」
ハルノも上空の星を見つめて、気持ちは同じと共感の意を示していた。
「きっとその正直さこそ、一つ蓮夜の魅力なのかも」
「んっ? 何か言ったか?」
ハルノは隣でボソッと何か言った様子も、声が小さくよく聞き取れなかった。
「なんでもないわ!! あまりジロジロ見ていると、その目を潰すわよ」
突如としてハルノは声を上げ、返ってきたのは背筋の凍る言葉。普通に聞き返しただけなのに、非をなくしてあまりに理不尽に思えた。




