第225話 地獄の谷8
「うおぉおお!! 大きな風呂だな!!」
いの一番に露天風呂ある外へ繰り出せば、湯煙の上がる中で広々と開放的な雰囲気。
所々に造形的な岩が置かれては、三十人以上は入浴できそうな広さ。身の丈以上ある竹柵に囲まれて、屍怪も侵入できぬ安全な空間。空は明るく夕陽と茜色に染まり、遠方には谷や森が見えて風情もある。
「日本の温泉!! とても気持ち良いデス!!」
肩にタオルを掛けて胸を張り、堂々した佇まいでウィル登場。
中肉中背で体格的には細く、アキバ系男子のようなファッション。着衣の上からでは貧弱に見えたものの、衣服を纏わずして予想外に引き締まった体。人は見かけによらずとは、本当によくできた言葉だ。
「蓮夜!! どうして隠しているのデスカ!? 日本の温泉文化は、裸で付き合う場ですヨネ!?」
タオルで隠すこと変と思ったようで、視線を落としたウィルから指摘を受ける。
海外では水着なくして、大勢で湯に入る機会。文化として存在しておらず、基本的になかったと記憶している。
外国人は裸で入浴することに、抵抗感あるって聞いたことあるけど。
でもウィルのは、なんだよ。羞恥心なんて微塵もなく、威風堂々と完全な江戸っ子スタイル。これじゃあ俺の方こそ、小心者みたいじゃないか。
タオルで隠すこと変でないはずも、とても堂々とした姿に気遅れ。
温泉大国の日本人として、本来なら優位な立場で然るべき。それでも胸を張って堂々たる姿と、タオルを持ち両手で隠し小さくなる姿。対応を見比べては言うまでもなく、負けているのは明らかな気がした。
「なあ、ウィル。その文化っていうのは、どこからの情報なんだよ?」
偏った認識に思えては、気になる情報源。タオルで隠すこと、少なくとも変ではないはずだ。
「日本の動画配信者デス。みなさんタオルを肩に、笑顔で堂々と歩いてマス。ボクはその姿に、とても感動しマシタ!!」
ウィルは目をキラキラと輝かせ、拳を胸の前に感銘を受けている様子。
公式な情報でなければやはり、信憑性が薄いというもの。ウィルが参考にした情報は、予想通り偏ったものだろう。特に変とは言わずとしても、決して一般的と言えないはずだ。
***
「声がしたけど。ねぇ? 誰かいるの?」
湯煙の立ち込める露天風呂の先から、ハルノの声が聞こえてくる。
竹柵を越えた先はおそらく、女性用の露天風呂か。ウィルと会話をしている間に、ハルノたちも外へ出てきたようだ。
「ああ。俺たちも露天風呂に来たんだっ!!」
会話をするに自然と声の元へ、竹柵の方へと歩いて接近。
ほんの一メートル先すら、まともに見えぬ湯煙。ほとんど手探りの状態で、前へ進んでいるときだった。
「えっ!?」
「なっ!?」
慌て驚きの声を上げるハルノと、出会い頭に遭遇しては対面。いつもポニーテールのオレンジ髪は、お団子ヘアに変わって新鮮な印象。
温泉へ入浴しにきているから、着衣なくして露わな肢体。湯煙に覆われる空間にて、美しい脚とくびれた腰。谷間の見える胸は持つタオルで半分ほど隠れるも、女性らしい艶やかな曲線に目を奪われてしまった。
「どうしたの? ハルノ?」
何食わぬ顔で現れたエマも、髪を束ねて全裸の状態。
日本人より明らかに白い肌で、全く恥じらいなき姿。元から大きいと知っていたところは、やはりと言うか見たまま期待通り。隠されているところほとんどなく、目の止めておける場所は全くなかった。
「なんで蓮夜が、女湯にいるのよっ!?」
ハルノの顔は一瞬で真っ赤になり、怒りに満ちた声で質問をぶつけられる。
あまりの迫力に押されては、自然とその場で尻もち。ハルノは慌ててタオルや腕にて隠せる所を覆い、怒りながらも恥じらいの表情を浮かべている。
「男湯だと思っていたんだっ!! 本当にワザとじゃない!! 信じてくれっ!!」
誤って女性の方へ入ったと気づくも、竹柵を越えずして心当たりはない。
それでもハルノとエマいるから、男湯ではないこと明明白白。それでも覗きではないこと、故意でないと必死に伝えたかった。




