第220話 地獄の谷3
「自分の目で見なければと、話を聞きませんデシタ!! 大丈夫と言ったのにデス!!」
男性は強い口調で言い張りながら、不安そうに説明をしていた。
力なく椅子に座り込む姿を見て、責任を感じているは明らか。初めに忠告あったことを考えれば、釈明に追われるのも納得の光景だった。
「ヨシ。ヨシ。大変だったね」
優しい微笑みを浮かべ女性は、背伸びをして男性の頭を撫でに動く。
食事場にいたのはハルノのみならず、こちらも西洋人風の小柄な女性。肩まで伸びる美しい金髪は、ウェーブがかかって柔らか。大きな瞳はパッチリと丸く、透き通るような碧い輝き。
ピンク色のカーディガンは手を包み込むほど袖に長さがあり、膝上と短い黒のスカートに白いルーズソックスを着用。体型的にはポッチャリ豊満という印象で、胸元は膨らみ弾けそうなほど。自然体でおっとりした雰囲気は、どこか一風変わった魅力を感じさせる。
「その人の言う通りだ。俺が無理を言って、連れてきてもらったから。全ての責任は、俺にある」
説明あり言い分は最もだから、免罪符が欲しいのも当然だろう。
無理をして体調を崩しても、全て自分の決断で責任。責任転嫁するつもり毛頭なく、案内に対して感謝すらしている。
「蓮夜が気を失っているとき。三人で看病したのよ」
ハルノから聞かされるは、意識がないときの話。
部屋で寝ている間も、一人にせずと交代制で看病。見ず知らずでも二人は、協力を惜しまなかったと言う。
「そうなのか。本当に、助けられたぜ」
二人の看病には本当に、心の底から感謝しかない。
ハルノも当初は意識なく、看病を受けていたらしい。先に目を覚ましてからは、経緯など積もる話。会話を重ねて心を通わせ、打ち解けた関係になったと言う。
「困ったときは、助け合いデス!! ボクの名前はウィリアム・ホーキンス!! みんなウィルって呼びマス!! ウィルと呼んでくダサイ!!」
落ち着きを取り戻した男性は、ウィルという名で二十四歳。職業は鉄道会社に属して、駅に勤務をする駅員との話。
「エマだよ。よろしくね」
おっとりした感じの女性は、エマという名で二十歳。まだ勉学に身を置く身であり、大学へ通う大学生。
二人はオーストラリア人で、観光に来ていた観光客。互いに好意を抱き合う、歴としたカップルとの話だ。
「二人とも、日本語が上手ですね」
とても一日二日で習得したと思えぬほど、流暢な言葉遣いに話し方。ウィルよりエマのほうが僅かに上な様子も、二人とも意図が伝わり聞くに十分なレベル。
世界に数ある言語の中でも、高難易度とされる日本語。普通に会話が通じるほどとは、よほど努力をしたのだろう。
「ハイっ!! ボクらはジャパンのアニメが大好きデスっ!! なので日本語とても勉強しマシタっ!!」
ウィルは習得に至る動機を、とてもハツラツと語っていた。
日本文化でも一つ世界に誇れるは、独自に発展したアニメーション。世界各国あらゆる年齢に支持者がおり、影響を受け来日する者も多いと聞く。
***
「てか、ハルノ。いったい、ここはどこかわかるか?」
軽く自己紹介を終えては、何より気になる現在地。
「登別の地獄谷よ。蓮夜より先に目を覚ましたから、二人に場所を聞いておいたわ」
当然のように情報収集へと、動き始めていたハルノ。
北海道の登別市に位置し、爆裂火口群である地獄谷。地面が深く抉られたような形状をし、高温噴気や熱水活動などで形成。温泉地としても有名であるから、ホテルや旅館に民宿と宿泊施設も多々。お土産店の並ぶ通りもあり、外国人からも人気の観光地だ。
「登別か。そんな所まで来ていたんだな」
屍の怪物たちに背後を追われ、行く先さえ見失っていた森の中。
僅かに内陸方面へ逸れているも、南下という点では相違なく。目的地である東京へは確実に、接近したと言ってよいだろう。
「というか助けてくれたのは、ウィルたちなのか。ならちゃんと、礼を言わねぇと」
何より安否が気になっては、すっかり忘れていたこと。
谷の落下地点にて意識を失い、酷く雨も降っていた中。ハルノを含め二人を運ぶことは、かなり大変な作業だったろう。
「運んできたのは、黒木デス!! ボクたちはそのあと、交代で看病しマシタ!!」
ウィルが言うに発見救助したのは、今ここにいない別人だと言う。
現在いる所は二階建てで、部屋数は十六の民宿【花村荘】。留まっているのは、ウィルとエマ。経営者たる母子に、避難してきた男女二人。ハルノに自らを含めて、合計八人だという話だ。
「その黒木って人はどこに? 助けてもらったお礼を、ちゃんと本人に言いたいんだ」
意識を失った所で放置されれば、果たしてどうなっていたことか。
屍怪に見つかっていれば、間違いなく餌食に。雨に打たれ続けるだけでも、風邪や低体温症の危険性。命の危険があったことは、言うまでもない事実だ。
「……わからないデス。黒木はとても忙しいので、それでも時々は戻ってキマス」
同じ場にいるウィルであっても、居場所を掴めていないとの話。
助けてくれた黒木という人物いなければ、全てどうなっていたかわからない。命の恩人と言って相違なく、遅れても礼を言いたいところだ。




