第219話 地獄の谷2
「うっ……うっ!! はっ!! ハルノっ!?」
悪夢にうなされて目を開き、真上にあるは木の天井。縦に入った木目が整然と並び、茶色は濃く年月を感じさせる。頭に触れては違和感あり、グルグルと包帯が巻かれているようだ。
体にかかるのは温もりを感じる布団で、現在いる場所は八畳ほどの和室だろう。顔を傾けて視線を横へ逸らすと、迷彩色のリュックと鞘に納まった黒夜刀。上体を起こし頭上を見上げれば、掛け軸に壺と和風なインテリア。視線を足元へ向ければ僅かに開いた障子があり、どうやら部屋は一部屋ではないようだ。
個人の部屋というより、民宿の一室って感じだな。
「おお!! お目覚めしてマス!! 良かったデスネ!! 怪我はとても軽いデス!!」
部屋につき感想を抱いていると、入室してきたのは西洋人風の男性。ブロンド髪はクルクルと巻かれ、ショートヘアでも天然パーマか。銀縁のメガネをかけて、頬にはポツポツとそばかすがある。
縦に【自分用】と書かれた白シャツに、羽織っているのは水色ベースのチェックシャツ。シャツをジーンズの中に入れては、アキバ系男子のようなファッション。中肉中背で体格的には細く、体育会系とはかけ離れた印象。片言ながらも軽快な日本語を話し、性格的な明るさが垣間見える。
「ハルノはっ!?」
「お連れの人デスカっ!? とても元気デスっ!! 食堂にいると思いマスっ!!」
何より聞きたいことを即座に、名前も知らぬ男性は答えてくれた。
「汗が酷かったので、着替えを持ってきマシタ!!」
男性が持ってきたのは、上下ともに紺色の甚平。白く鮮やかな縦線が入り、和風でオシャレなもの。
「そんなことより、ハルノに会わせてくれっ!! 痛っ!!」
声を大にして要求を伝えたところ、頭にズキっと突き刺す痛みが走る。
高い谷から落ちたことは、意識を失う前に覚えている。頭を含めて体の隅々に痛みがあり、落下の衝撃による後遺症と理解できた。
「急がなくても大丈夫デス!! 着替えてから案内しマス!!」
何も衣服をまとっていなければ、まずは服をと男性が促す。
いつの間にか脱がされていたようで、パンツ一枚に上半身は裸。怪我の処置をされているのだろうか、腕には絆創膏が貼られている。
クソっ!! 早く着替えて、ハルノの安否を確認しねぇと!!
着ていた衣服が見つからず、やむなく渡された甚平に着替える。半袖に七分丈なれば、とても通気性の良い服。
事を手早く進めるには、今は従うが得策と判断。まだ少し頭がクラクラする中でも、速度を上げて着替えを完了させた。
「軽い脳震盪って話デス。まだ安静にしていたほうが良いと聞きマス」
男性が語るに谷から落ちたとき、強く頭を打ったらしい。
嘔吐やめまいなどの症状は、脳震盪により引き起こされたもの。治療方法は安静にすることであり、本来ならまだ動くべきではないとの話だ。
「早くハルノに会わせてくれ。自分の目で見ないと、安心はできない」
しかし今は自分の体よりも、一緒に旅する仲間の心配。
部屋を出てから赤い絨毯を歩き、促されるまま廊下を前進。右手には外の光が入る窓あり、左手には番号の振られた部屋が並ぶ。当初から思った通り、宿泊施設に間違いなかった。
***
「蓮夜!! 体は大丈夫なのっ!? 頭を打って、脳震盪って聞いたからっ!?」
廊下を歩き案内された食事場にて、座っていたハルノは驚きの声を上げる。
台所に冷蔵庫と食器棚あり、テーブルに椅子が四脚。客が使う食堂は別の所にあり、食事場は裏で従業員が使う賄いの場だ。
「ああ。それより、ハルノ。怪我はないか?」
無事な姿を見て安堵するも、谷から落ち気を失っていた事実。どこか怪我をしていないかなど、当然に心配であり気になった。
「私は大丈夫。蓮夜が身を挺して、守ってくれたのよね? きっと、そのおかげよ」
谷から落ちてもハルノは、奇跡的に無傷だった。
谷を前に足元の地面が崩れ、手を伸ばしてくれたハルノ。結果は転落となったものの、助ける行為が招いた形。自分の体がどうなろうとも、無事であることを望んでいた。
「良かったぜ。どうなっているか。何より心配だったんだ。これでやっと、安心できる」
張り詰めていた緊張の糸が緩み、力が抜け再び頭がクラクラする。
「ちょっと!! 大丈夫っ!? 蓮夜!?」
ハルノが支えに動いて、隣の位置にて着席。
まずはハルノのことが何よりと、放置していた自分の体。頭を打った脳震盪に加え、切り傷に打撲も多数。痛みは今になって、強く感じ始めた形だ。




