第214話 港ある街13
「渚!! 急いで二階にっ!! このままじゃあ間違いなく、屍怪に突破されちまうっ!!」
騒動に気づき集まってきたのか、二手三手と隙間に入ってくる手。
最初に入ってきた手は、可動域を超えあらぬ方向に。遠慮なく力を込めたから、骨折はしているだろう。
「……でも、残してなんて」
渚は一人で先行し逃げること、気遣い躊躇っている様子だ。
数こそ最大の武器であると、扉を開こうとする力は増す。急場を凌ぐためできるは退避と、口論をしている暇はなかった。
「俺もすぐに後を追うっ!! 問題ないから、早く行けっ!!」
玄関扉を閉め施錠できねば、侵入を許すこと避けられない。
隙間に屍怪の手が挟まり、閉じること叶わぬ玄関扉。となれば突破されること、もはや時間の問題でしかなかった。
「すぐに来てよ」
「ああ!! わかっているっ!!」
渚は振り向き階段から二階に、耐えどきと扉を引いて粘る。
家内じゃあ狭くて、刀は振るえない。戦える場所じゃないから、ここは俺も……退くしかねぇ。
屍怪をどうにかできぬか、考えても厳しい状況。
長物の一つ弱点と言えば、狭く空間の取れぬ場。壁や天井に刀が当たっては、振るうことすら困難。攻撃力あっても発揮できずして、数に勝る屍怪を倒せるはずもない。
「……くっ!!」
最初は靴を脱ぎ上がった床も、やむなき事態となれば土足で。
手を離した瞬間から、侵入を始める屍怪たち。階段を上り逃げる背後を、目移りもせず追ってくる。
「なろぉお!!」
時間稼ぎと抵抗の意志を見せ、階段下へ向けて放つ蹴り。段差あるから計らずして、捉えるは屍怪の顔面。
クリーンヒットした蹴りは鼻と口を潰し、両手を天へ仰ぎ落下していく屍怪。後ろに続いていた三体を巻き込み、一階で積み重なるよう転倒した。
「ヤアァネェエ!!」
しかし倒れる者を踏み台にして、発端の屍怪は先頭へ踊り出る。
屍怪と化した者同士に、仲間意識というもの皆無か。腹だろうと頭だろうと躊躇いなく踏み、容赦なき対応はまさに無慈悲であった。
「早く入って」
階段を上り二階へ着いたところ、自室から顔を覗かす渚に促される。
逃げ場なき、渚宅の二階。決して厚くない木製の扉一枚を頼りに、施錠をして立てこもる他なかった。
***
「ダンッ!! ダンッ!! ダンッ!!」
入室したこと屍怪に知られては、扉を開けろと叩く行為は止まらない。
「収納棚を。扉の前に補強しよう」
強い衝撃を何度も受け、激しく揺れ続ける扉。胸の位置まである収納棚を移動させ、簡易的なバリケード。
屍怪に追われて行き場を失い、逃げ込んだ渚の部屋。突破されたとなれば、多数が雪崩れ込むこと避けられない。
「屍怪は時間の経過で、きっと諦めるはずだ。今はただ、耐えるしかない」
追い詰められた状況下でも、頭を冷静に打てる対応を。
渚はベッドの上にて腰を下ろし、机を前に椅子を借りて着席。いつ扉が破られるかと、不安で外せぬ視線。休むことなく叩き続けられては、気の休まるとき一瞬もなかった。
「扉が……」
脅威が去ることただ待つ中で、渚が見つめる不安要素。
「……ああ。いなくなるまで耐えるのは、無理かもしれない。何か他にできること。逃げる方法を、考えねぇと」
目線と同一の高さに亀裂ができ始め、立てこもる中でも生まれる危機感。
扉は木製であり鉄製と比較し、耐久力は圧倒的に劣る。屍怪が何度も叩き続けた成果か、亀裂は広がり木屑が落下。どうやら離散するまで、時間を稼げそうにもない。
「外へさえ、逃げられれば……」
窓を開けて見つめる先は、真下と可能性ある野外。
草の生えた庭と家庭菜園が見えるも、二階となれば相応の高さあり。反対に頭上を見上げても屋根が突き出て、とても登れそうになかった。
「ヤアァネェエ!!」
叫びとともに屍怪は扉を叩き、亀裂の入っていた扉の一部が弾ける。
目線の位置と顔の高さにて、損壊し縦に伸びる穴。今はまだ鉛筆二本分のサイズも、覗けばギョロっと目玉が見える。
耐えるというのは、とても現実的じゃない。時間はもうあまり、残されていないはずだ。早くなんとしても、突破口を探さねぇと。
休まず扉を叩き続けられては、衝撃に揺れる収納棚。
扉に開いた穴も確実に、広がり続けている。時期に手の入るサイズとなるだろうから、もう五分とて保てぬかもしれない。




