第213話 港ある街12
「ジャガイモ。持ち帰って、育てようと思うんだ」
荷物を詰め終えた渚は一階リビングに、サンダルを履いてベランダから外へ。手入れのできなかった庭には草が生えて、祖父母が趣味としていた家庭菜園も例外ではない。
それでも渚は大型のスコップを持ち出し、掘り起こしては現れる不揃いなジャガイモたち。
「芋系は間違いなく、腹持ち良いだろうし。いいと思うぜ。服を汚すわけにはいかないから、何か包む袋とかはあるか?」
ジャガイモは陵王高校でも、グラウンドで植えられていた。
芽が出たところを切り分けて、土に埋めるジャガイモ。三ヶ月ほどで収穫可能となり、生育期間もそう長くはない。九月に植え付けを完了させれば、冬になる前の十一月か十二月。雪降り寒くなる前に、秋ジャガを収穫できるだろう。
「二人は家庭菜園が趣味だから、ずっと考えていたんだ。どうしたら今より、良い暮らしができるかって」
生きるだけの日々を送る祖父母に、渚が願うは張りのある生活や生き甲斐。
やさぐれつつある祖父母に、打つ手なしであった渚。行き詰まり息苦しさを感じていたところ、ふっと湧き出た話は一筋の光明。安全な土地で家庭菜園できることは、二人を癒せるかもと期待していた。
「二人の趣味が家庭菜園なら、間違いないだろっ!! ってか家庭菜園をするなら、他に土を掘り起こす道具。大型のは残されていたけど、小型のスコップもあったほうがいいよなっ!?」
昨日を過ごした民家には、畑の維持に必要な肥料。大型スコップという道具も、庭にある物置小屋にて確認していた。
それでも家庭菜園を行うならば、年老いた祖父母に小型スコップ。着替えばかりを詰めるより、実用的な物あったほうが良いだろう。
「スコップは玄関の靴箱。収納が一体になっているから、その中にあると思う」
渚に言われた通り、小型スコップは靴箱の中。
収納部分には他にも、バケツや靴ベラ。家庭菜園に役立ちそうな、野菜の種まで残っていた。
***
「野菜の種に、野菜づくり図鑑。多少の食料も持ったし。今回は、このくらいで良いよな?」
ボストンバッグにあった余剰空間も、荷を詰めて結局は一杯に。
玄関にて野菜の種を見つけ、付随して野菜図鑑を確保。あとは缶詰など食料を詰め、最低限の物は持った感じだ。
「でも、やっぱり。名残惜しいかな。こうやって家も、無事なことを知ったし。帰って来たい気持ちは、間違いなく捨てることできない」
出発に際して玄関で靴を履く渚は、家内へ振り返り心境を吐露していた。
終末の日を跨ぎ久方ぶりに、帰って来られた我が家。親しみある空間と環境にて、過ごすことできればどれほど良いだろう。
「気持ちはわかるけどな。今は水が出ない上に、食料の確保も難しい。それに屍怪がいるから、安全かもわからない。どうするのが正しいかと問われれば、とても判断できないけど。結局は選択だよな。快適さを選べば、危険度が増すとか。全てが揃っている場所なんて、きっとほとんどないと思うぜ」
今の終末世界で多くを望むなど、容易な話ではなく強欲か。
蛇口を捻れば清潔な水が出て、食うに困ることない世界。治安も保たれている場所なれば、以前までどれほど恵まれていたか実感できる。
「だろうね。家の無事を確認できたんだ。今はそれだけで、良しとするよ」
渚は再び顔を正面へ向けて、外へ出るため玄関扉を開ける。
「となれば、明るいうちに戻らないとな。暗くなったら、みんなも心配するはずだ」
必要な物を入手し目的を達成しようとも、無事に戻るまでが外にいる遠足。
旅行やイベントを前にして、行きは楽しみと浮ついた気持ち。帰りは達成感や疲労感に、注意力が散漫になることも。それは屍怪のいる終末世界において、あってはならぬ気の緩みであった。
「ヤアァネェ?」
玄関先にて奇妙な声を上げるは、首を三十度ほど傾ける屍怪。
視線を上げねば把握できぬ身長は、最低百八十センチはあろう。額は広く薄く後退した髪に、歯並びは悪くガタガタ。迷彩色の短パンを着用しているも、上半身は衣服を纏わず裸の状態。肋骨が浮き出て腕に脚と棒のよう細く、アンバランスな体型は宇宙人のようだ。
「……」
「マズいっ!! 扉を閉めろっ!!」
不意の出来事に動けぬ渚を、退かしての施錠へ向かう。
目と目が合う状況なれば、向かってくるは必定。体を左向きに足のスタンスを広く取り、手を下げて動く動作はカニのよう。奇抜な屍怪との玄関まで、距離を競うレースであった。
「ダエェェ」
閉じることダメと言っているかのよう、迫りながら放たれる屍怪の叫び。
玄関扉を閉め切る前に、隙間へ伸びてきた手。細く長い指は脆そうとも、間にあっては邪魔な障害物。どれだけ力を込めて引こうとも、閉じること叶わなかった。




