第212話 港ある街11
「服を詰めるのは、このくらいでいいよな。ってか他に、必要な物はないのかよ?」
ボストンバッグに衣服を半分ほど詰め、空間を占めるにもったいないと思う。
次の機会いつになるか不透明なれば、もっと実用性のある物。きっと何かしら、役立つ物もあるはずだ。
「旅行とかなら、スマホの充電器。身分証や財布。でも基本的に電気は使えないし。店もやっているわけじゃない。……他に持ち帰りたい物を、渚に聞いたほうが早そうだな」
文明が後退した終末世界では、以前までの常識は通用しない。
不要な物を詰めてしまうなど、愚の骨頂と無駄の極み。せっかくの機会を棒に振らぬよう、当人への確認が確実。ボストンバッグをそのまま、二階へ向かうことにした。
「常備薬は渚が持ったはずだし。タオルや洗剤とかの衛生用品は、銀行の金庫内にあったしな」
階段を上って二階へいく中でも、思考を止めず役立つ物を探す。
銀行の近くで入手できた物など、重複しては無駄と避けるが適当。今ここにいるからこそ、望ましい物があるはず。
「渚。入るぜ」
【NAGISA】とネームプレートが掲げられ、渚の部屋と思わしき扉の前。一声かけてはほとんど同時に、ドアノブを回して入室を試みた。
「……なっ!! なんで勝手に、入ってくるんだよっ!!」
いつもローテンションである渚にしては、珍しく慌て取り乱している様子だった。
自室へ戻った渚は着ていた衣服を、新たな服へとお着替え中。赤い帽子を被ったまま、シャツを脱ごうとおへそが露わ。小柄で細身なこと承知しているも、ウエストは細くまるで女性のよう。
「わっ、悪いっ!! 着替えているとは、思わなかったんだっ!!」
大きな声で咎められては、反射的に謝罪をして目を背ける。
悪気なくとも何か失態を行った感覚で、渚の姿を見ないよう急ぎ早に退出。閉めた扉に背中をつけて、行動の是非を自然と振り返った。
男同士だよな? なら特に、問題はないし。恥ずかしがったり、慌てる必要性もなかったんじゃないか?
迫力に負けて退出した形も、冷静に考えれば特に問題はない。
それでもなぜか、悪いことをした感覚。心に残った違和感は、依然として払拭できなかった。
***
「部屋を訪ねてくる前に、ノックをするとか。せめて一声かけてよ」
着替えをしても長袖で無地の黒色パーカーに、膝上丈でベージュ色の短パンは変わらぬ渚。
声をかけた瞬間に、入室しては間がない。心の準備が必要だったのか、返答する時間が欲しかったようだ。
「気をつけるよ。なんか前にも、言われた気がするし」
男同士であったとしても、配慮は必要だったと反省。親しき中にも礼儀ありと言うよう、同性だからは言い訳にならない。
「にしても、本当に野球が好きなんだな」
壁に飾られるユニフォームを筆頭に、置かれるは様々なグッズ。
右側にあるベッド上には、赤と青の大判タオル二枚。どちらも某メジャー球団のロゴが入って、隣の机には時々の背番号を背負う人形が三体。
「プロ入り以前のもあるよ。ほら、紫のユニフォーム。他にもサイン入りカードに、サイン入りの野球ボール」
話にとても食らいつきのよい渚は、左側の収納棚からさらなるグッズを。
北海道のプロ野球チームにも、所属していた二刀流選手。チームの応援は当然であるとしても、特に一選手への熱が凄まじいようだ。
「ってか、渚。いつの間にか、帽子を変えたんだな」
「新天地へ向かうわけだから、兼ねての気分転換」
変化に気づき指摘をすると、渚の帽子は赤から青へ。
高層ホテルから離れて銀行に、そしてこれからは市外の民家。チームの移籍とは当然に異なる話も、新天地という意味で気持ちを新たにするようだ。
「野球グッズ。持っていくんだな」
「うん。少しだけ」
私服としての着替えはもちろん、渚はボールや写真を青いリュックに。
写真は一家の映る家族写真と、選手とのツーショット写真。メジャー球団へ移籍する前に、北海道の球場で撮影された物。渚が野球を好きになる大きなキッカケで、とても大事な思い出の品だと言う。
「俺の方は下で着替えを詰めたぜ。服で一杯にするのは、なんか違う気がして。他に何か、必要な物はないのかよ?」
「それなら。家庭菜園ができると聞いて、決めていた物があるんだ」
問いかけに対してすぐ返答あり、渚はすでに考えていた物あるようだ。




