第208話 港ある街7
「ちょっと待てよ。函館に向かうと決めたって、渚たちは残っているじゃねぇか?」
苫小牧に残っていることこそ、聞いた決断と矛盾する。
「置いてかれたんだ。足手まといになるって」
渚の祖父母は足腰が悪く、歩く速度は並より遅い。
苫小牧から函館までという、数日では終わらぬ長い遠征。遅い者に合わせてられぬと、置いてけぼりに。渚は祖父母を残して行けず、留まり行動を一緒にしたのだ。
「そういう経緯で、人を嫌っているわけか」
頼り信じていた者から、見捨てられたとの話。函館へ向かう者からすれば、仕方なかったのだろう。
それでも祖父母の気持ちを鑑みれば、嫌ってしまうのも理解できる。
「みんな居なくなって、不便はなかったのかよ?」
共同生活をしていたところ、急に三人のみで生活。
津波で変わってしまった街に、屍怪だって存在する。足腰の悪い祖父母と一緒に、よく生き延びていたものだ。
「一番の問題は、水かな。見つからない上に、運ぶには重たいし。スーパーの食料だって、初期から通ってほとんど無い。できるなら今すぐにでも、街を出たいくらいだよ」
物資を探すなど苦労は一重に、まだ幼き渚が行っていると言う。
足腰の悪い祖父母では、屍怪から逃れること大変。ならば最も動きの速い、渚が進んで行動しているようだ。
「てか渚は十二歳なのに、かなりしっかりしているよな」
考えを聞き対応を見てみれば、冷静で子どもと思えない。
比較すれば十二歳のとき、他人よりも自分の事ばかり。女性であれば男性よりも、成長速度は早いと聞くところ。精神面から受ける渚の対応は、成熟しているといえるだろう。
「誰も助けてくれるわけでもないから、こうなるしかなかったんだよ」
苦労を何度も重ねた上で、今の渚が形成されたとの話。
大人の世界で活躍をする子役や、大病などで年上と関わり多い子ども。同年代と比較し精神的に、成熟は早いと聞くところ。渚も過酷な世界を生きるため、人の顔色を見ては妥協することも。環境に適応をするため望まずとも、変化するしかなかったようだ。
「物資の確保を一人で行っているから、街の地形には詳しくなったよ。地上に残される建物はもちろん、それこそ地下がどこへ繋がっているとか。それに野球をやっていたから、逃げ足には自信があるんだ」
腕っぷしに自信はなくとも、渚には補い活かす能力がある。
屍怪と戦うことを避け、逃げ一択と定めた方針。街の地理に詳しくなるのも、生き残るための術。マンホールの蓋を僅かに開け地下の活用と、知識と知恵をフル回転させ生きてきたのだ。
「なんかもう、立場が逆転している感じだな」
全て一人で行なっているとなれば、どんな言葉を添えても立派なもの。十二歳となればまだまだ、大人を頼りたくなる年頃だろう。
しかしともに七十歳を超えて、足腰の悪い祖父母。今や二人は渚を頼りっきりで、金庫室からほとんど出ないという。
「仕方ないよ。見捨てるわけにもいかないし。誰かが面倒を見ないとね」
基本的な世話を渚がしていれば、もはや養っているような関係。
大人と子どもというのは、知識量や体力に経済力。全てで上回っているものの、成長と老化あり一定の年齢から逆転。
「話を聞いている限り、ヤングケアラーと変わらないわね」
ハルノは聞いた内容から、社会問題と発言していた。
特に年老いた者では体力と、判断力の低下は必定。若い頃にできたスポーツや、車の運転なども困難に。日常的な介護が必要となれば、子どもより手がかかる場面も少なくない。
「俺たちは東京へ向かっているから、ずっと一緒にはいられないけど。苫小牧から少し離れた所に、鉄柵に囲まれた民家があるんだ」
昨日まで過ごしていた民家ならば、綺麗な水あり畑には果実もある。
近くには綺麗な水の川が流れ、ウトナイ湖という大きな湖も。きっと魚が生息していれば、手に入れること不可能ではない。
「こっちも食料面には、不安はあるけど。飲み水と厳重な家は、揺るがずに確保できている」
本来の家主は食料難の影響あり、家を放棄し函館へ向かってしまった。
隣へ目配せをしては、目が合い頷くハルノ。言葉にせずとも、同じ気持ちであること。協力をすることにつき、了承を得る意思疎通はできた。
「渚。今すぐにでも、街を出たいって言っていたよな? もしそこまで行きたいなら、俺たちも力を貸すぜ」
それでも水と安心な空間あれば、金庫生活より質は向上するだろう。
飲料水という問題が解決でき、安全安心な家の確保。庭あり空間を有効的に活用できれば、精神的な負担も軽くなるはずだ。
「そんな場所があるなら、前向きに検討したい話だけど。さっきも言った通り。祖父母は足腰が悪いから、遠くへの移動は難しいと思うし。何より二人を説得するのは、それ以上に至難の業だよ」
苫小牧市から離れたくとも、問題は大きいと渚は言う。
先立っては市外まで移動する方法に、祖父母である老婆に老人を説得。渚の意志を尊重させるには、解決しなければならぬ話も多い。
「渚。俺にもう一度。祖父母と話しをさせてくれ。渚に代わって意見が伝わるよう、俺が説得をしてみるよ」
今のままでは一人の負担が大きく、時間の問題で潰れてしまうだろう。
水や食料が減少した街で、屍怪も徘徊する危険な場所。最悪の事態を避けるため、動くなら今このときだ。




