第207話 港ある街6
終末の日となった当日は、渚からして祖父母の金婚式。
苫小牧駅の近くにある、ハイクラスの高層ホテル。二十三階にあるレストランにて、渚に両親と祖父母の五人。街と海を一望できるロケーションを前に、祝いの席をセッティングしたという。
「母さんのスマホに、呼び出しがあったんだ。なんでも仕事にトラブルがあって、父さんが車で送っていくことに」
すぐに片づくと渚は聞かされ、祖父母と残って三人。食事を続けているときに、起きた最悪の出来事。
「空に流れ星のような、光る飛行物を見たんだ。その数はパッと見て、二・三個。海へ落ちていく感じだったよ」
渚が語るは上空で燃えるような、光を纏い輝く飛翔体。
俺たちが札幌で見たものと、きっと同じだろうな。
なら先の展開は、想像できる範囲。大きな地震が起きて、屍怪と化した者が出現する。札幌を経験しているから、当然に理解の及ぶところだぜ。
「大きな地震が発生して、津波が街を襲ったんだ」
次にくる言葉を想像していたところ、渚の口から出たのは予想外のもの。内陸に位置する札幌市と異なり、ここ苫小牧市は海に面している。
大きな地震というのは、津波を誘発する要因。簡単に家を飲み込んでいく高さで、全てを破壊し無に帰す威力。頑丈な造りの建物を除き、影も形も残らなかったらしい。
「母さん父さん。二人が戻ってくる前に、発生した大津波。津波が引いていくときも、本当に凄かったんだ。何もかも持っていくのかって、家に車と海へ流されていったから」
ホテルから一部始終を見ていた渚は、水の力とてつもない威力と語る。
ビルの三階に突き刺さった船も、瓦礫と廃材で形成されたゴミ山も。街の景色を一変させたのは、飛翔体とそのものにあらず。札幌と異なり、苫小牧の場合。津波が多大なる影響で、破壊の大半を占めるようだ。
「やっぱり自然の力には、どうにも抗えないわね」
ハルノは戦える相手でなければ、素直に白旗を降っていた。
地震であったり雷だったり、津波もあれば豪雪に台風。雨による水害など自然相手となれば、逆らうこと無謀な相手。受け入れ順応する他に、生きていく道はない。
「それなら、渚の両親は……」
津波に巻き込まれたとなれば、無事では済まないか。
津波の速度は百キロを超え、車でも追いつかれるスピード。水の届かぬ場所にいなければ、逃れられはしないだろう。
「今でも実感はないよ。すぐに戻ってくるから。に対して、うん。わかった。それが最後の会話」
最初の頃は受け入れられず、ツラい日々だったと渚は言う。
津波の届かぬ内陸や、高く頑丈な建物へ避難。死の場面を見ていなければ、抱くは生きている可能性。
「無駄だろうと思っても、時々は見に行っているんだ。みんなで食事をした、ホテルとその周辺を」
今日も渚は両親を探しに、戻った駅前のホテル。
津波の水が引いても、一向に戻らぬ両親。代わりに見つけたのは、自転車を引く二人組だったと言う。
「それが俺たちか。両親を探しにきたおかけで、運良く助けられたってわけだな」
完全にタイミングが合って、複数の要素が絡んだ偶然。
時間が三十分ほど遅ければ、もしくは早くとも。顔を向けず引き返したり、発見できなければ。行き止まりで屍怪に追い詰められ、今もどうなっていたかわからない。
「それからは、どうなったんだよ?」
脱線しかかった話を戻すため、切り替えて本線へ復帰。
真に探りたかったのは、二人が人を嫌う理由。終末の日と当日の話なれば、まだまだ本題は先といったところか。
「津波が起きてからは、従業員が待機を要請。まあ下に行ったって、飲み込まれるだけだし。それでも津波が引いてからは、いろいろ揉めたよ」
地上に戻って見た景色は、知る景色とは全く別物。
駐車場にあったはずの車に、景観を良くするための街路樹。道路標識に看板などは、全て流され海の藻屑に。
「苫小牧駅の近くは発展して、頑丈な建物が多かったから。でも上の階から見て、街の状況は知っていたし。無闇に動くのは危ないって、ホテルで救助を待つことになったんだ」
制止を振り切り去る者もいる中で、ホテルに留まる判断をした渚。
背景には足腰の弱い祖父母と、帰ってくるかもしれない両親。内陸にある家へ帰りたい気持ちを抑え、客や従業員とホテルで待つことを決めたらしい。
「一日目は特に問題なかったよ。でも問題なかったのは、本当に最初の一日目だけ」
空室となった客室を借りて、宿泊したという渚たち。
二日目の昼頃。ホテルを訪ねてきたのは、屍の怪物と化した者たち。中には前日に去ったはずの、客や従業員の姿もあったらしい。
「屍怪が上がってくる前に、階段や通路を封鎖。残された人たちで協力し、生きていくことになったんだ」
大人に付き従う形で、過ごし始めた渚たち。救助を待ちつつも、誰も来ずして自力で。時にはホテルの外へ出て、食料の補給や生活品の確保。分け前を貰いつつ、日々を凌いでいたという。
「一カ月くらい前だったかな。大きな変化があったのは」
ラジオから流れ出る声を、渚を含め数人が聞く。それは繰り返し発信されて、生存者の動向を知らせる内容。
「函館山。そこに生存者がいると聞いて、向かうかの話し合いは毎日だったよ」
渚たちが聞いたラジオの内容は、前日の民家で耳にした情報。
明るく軽快な女性の声で、発信される生存者の情報。信じたくも疑わしくあり、中々に決まらぬ方向性。それでも入手できる食料が減り、一向に変わらぬ終末の日々。ついには重い腰を上げ、函館へ向かうことになったという。




