第203話 港ある街2
「とりあえず海岸線を進んでいるけど。使えそうな船は、なかなか見当たらないな」
東京へ向かうためには、海を越えねばならない。
それにはまず何より、無事な船舶を見つけること。使用できる船をなくして、海を越えること不可能。
「蓮夜。ここまで来て、無事な船があると思う?」
歩を進め一緒に見てきた中で、ハルノが突きつける現実。
船が停まるだろう港から、海に突き出た埠頭まで。道中にあるのはずっと、大量の瓦礫と廃材。時おり陸地で漁業船を発見しても、船体に穴が空き酷く損壊。海に浮かぶ船舶あっても、船底を見せ横転と使えぬ状況。
「さすがに、無理そうか。仕方ない。このまま海岸線を歩いても、埒が明かなそうだし。市内に入って、街を抜けようぜ」
船を求めて訪れた港も、結局のところ空振り。
終末の日から何もかも、決して甘くない現実。それでも東京へ向かうならば、南下を続ける他ないのだ。
「路上の瓦礫や廃材に、それと他のゴミも。どれもが全て、減ってきた印象だな」
海岸線から内陸へ進むことになり、変わりつつある街の景色。
先ほどまでは瓦礫や廃材で、見えなかった道路の路面。ゴミに埋もれてなければ、部分的にアスファルト。街並みもコンクリート造りの高層ビルと、頑丈な建物は残っている印象だ。
「ねぇ。蓮夜。あれを見て」
真剣な表情にてハルノが顔を向けるは、外壁を失い内部が露出する二階建て民家。
全体的に傾きが酷く床が斜めになっても、壁を支えに落下を逃れる二階のベッド。風が吹いてはカーテンが揺れて、真下となる地上には壊れた本棚に書籍が散乱。
「どうしたら、こんな状況になるんだよ」
他にも街の一帯を見渡せば、五階建てビルに突き刺さる小型船。
窓の数を下から確認し、三階ほどの位置か。船頭は上向きに船尾を下にして、船体の半分が浮いて宙吊り。上手く引っ掛かっているようで、不安定に見える中でも絶妙なバランス。神がかり的な均衡により、落下を間逃れているようだ。
「苫小牧駅か。ここら辺はかなり、建物が残っているな」
【苫小牧駅】と書かれた標識が倒れて、前方に現れたのは駅前大通り。
中央分離帯を真ん中にして、左右に二車線ずつ広い道路。通りには右にも左にも、頑丈そうな高層ビルが展開。テナントとして入っているのは、看板から個人病院や金融屋。他にも不動産屋や居酒屋と飲食店が並び、二十階はあろう大型ホテルも建っている。
「蓮夜。……あっち。……あれを見て」
ハルノが袖を引いて促す方向には、歩道にて屈みモソモソと動く者。
両手で何かを掴んでは、口へ放り込む三体。物音せず静けさある街の中で、クシャクシャと不気味な咀嚼音だけが響く。
「みんなで落とし物を、探しているわけではないよな?」
「当たり前よ。すぐにこの場を、離れたほうが良さそうね」
酷く楽観的で冗談めいた話は、ハルノによって即座に一蹴される。
前方で何かを食べているのは、屍の怪物と化した人間。気づかれれば襲われる可能性あり、自転車を反転させ撤退へ動くときだった。
「ヴウゥ……」
静かな呻き声を漏らし歩いてくるのは、こちらも屍怪と化してしまった者。白シャツに黒パンツを着た一体を先頭に、顔色を紫に全身で怪我と腐敗が目立つ六体。
「さっきまでいなかったのに。どこから現れたんだよ」
前触れなく集まったようで、気づくのに遅れてしまった形。屍怪というのはやはり、思考の読めぬ神出鬼没な存在。
音もなく忍び寄られては、察知できずとも無理ない話だった。
「……引き返せないわよ。どこか別の逃げ場を、探さないとダメだわ」
来た道を戻れぬとなっては、ハルノは新たな退路を求める。
高層ビルが多く間には網目状に、至る所で車線の減った道路。土地勘なければどこへ向かうか、全く知る余地もない通り。賭け事と運を天に任せ、あみだくじを引くようなものだった。
「ガァア?」
騒動に気づいたようで振り向き、血に塗れた肉を持つ屍怪と目が合う。三体が一心不乱に貪っていたのは、二本の大きな角あるエゾシカ。黒き眼をパッチリと開けたまま、首から上は手付かず綺麗な状態。
しかし裂かれた腹からは内臓がドロっと溢れて、目を背けたくなるグロテスクな惨状。そんな中でも二体は腸を引きずり出し、手で掴んでは激しく奪い合いをしている。
「……ヤバいな。こっちへ向かって来そうだ」
二体は奪い合い食事に夢中な様子も、立ち上がり異なった様子を見せる一体。
新たな標的に定められたかと、急速に早まる心臓の音。屍怪に捕まる事態となれば、エゾシカの二の舞は確実。全身を噛まれ泣き叫んでも、決して許しは与えられない。




