第199話 不用心
坂道を前にして左手には、白いガードレール。車一台がなんとか通れる広さで、操作を誤れば転落は必死。
転落防止用の策は、環境的に必須の対策。九十九折りと蛇の形をした坂道を、ハルノと自転車を引いて歩く。
「これは……凄いな」
目前に現れた民家の対策は、目を疑う圧巻のレベルだった。
民家を含めた庭など敷地全体を囲むように、展開されるは数多の刺がついた有刺鉄線。二メートル以上の高さあり、身長を優に超えるもの。手の入らぬ間隔で張られて、製作者の几帳面さが見てわかる。
「もしかしたら、生存者がいるのかしら?」
際立つ対策を前にしてハルノは、家内に生者の可能性を示唆している。野生動物を危惧したと考えることできるも、それより納得いく答えはみなが持つ。終末世界になってどこより出現したのは、人間の形をしたまま歩く屍怪という存在。
屍怪は血の通った生者を襲い、噛まれた者は低体温症を経て死亡推定。屍の怪物という同一の存在に転化しては、無限に続くかと思う負の連鎖。
「てか、入口はどこだよ? 見つけないと、絶対に入れないぜ」
簡単に越えられる高さでなければ、強硬手段の突破は難しい。それは屍怪と化した者もちろん、生者である人間にも同様の効果。
「必ずどこかにあるわよ。食料や物資は尽きてしまうから、ずっと引き籠もっているわけにもいかないでしょ? 補給へ出るためには絶対、外へ出ないといけないもの」
ハルノの言うことは、筋が通って最もな話。
どこから湧いてくることなければ、必ず入手しなければならぬ食料。故にあるはずだろう入口を、二人で周囲を歩き探すことに決めた。
「間違いなく、これだよな」
有刺鉄線に沿って砂利道を歩き、目前に出現したのは鉄のドア。
他の場所に何もなければ、疑うことなき確実な入口。民家や敷地の出入りには、開く以外に方法はない。
「パッと見て敷地内には、誰もいなさそうだな」
「どうかしら? 外にいなくても、家の中にいて不思議ないわ」
有刺鉄線の隙間から敷地全体を見ては、人影なくとも家内に滞在の可能性とハルノ。
しかしドアノブ上部に独特な、鍵穴のついた鉄のドア。開いて進む他に道はなく、敷地内に入らねば何も確認できない。
「……開いたわよ」
ハルノは徐にドアノブを捻り、開かれる鉄のドア。
厳重な対策をしているに、未施錠とは不用心の極み。故に何か最悪の事態も、想像するところだった。
***
息を殺して周囲を警戒しつつ、敷地内への侵入開始。
有刺鉄線に囲まれた敷地は、民家を除いても相当なもの。広さとしてはちょっとした、公園くらいはありそうだ。
「……」
庭の奥隅には物置小屋と思わしきものあり、中央から半分を占めるは土に固められた広場。
手前の残り四割近くで行われているのは、緑と果実に溢れる家庭菜園。艶めいて見えるはトマトに、綺麗な形をしたナスにピーマン。他にも髭の生えたトウモロコシとあり、手を加えられていたことわかる。
「あのぉ。誰かいませんか?」
恐る恐ると声を小さく、人がいるのかと探り。
しかし反応する者を無くして、誰もいなければ虚しいもの。微かに吹く風の音のみ、耳に触れ過ぎ去っていく。
「とりあえず外には、誰もいないみたいだな。家の中も調べて見るか。安全そうならこの場で、自転車の修理もしたいし」
外観からはいくつかの年号を、越えていそうな木造二階建ての古民家。入口へ回っては玄関も未施錠で、靴がなければ人の気配も感じられなかった。
「誰もいなさそうね」
「ああ。てか今は、誰も住んでいない感じだな」
ハルノと民家の玄関にて、全体を見ての第一印象。
争いの痕跡が微塵もなければ、僅かに埃の積もった廊下。人が最後に歩いたのは、時間にして暫く前だろう。
「家から受ける印象は、昔ながらの感じね。縁側の前には障子があって、部屋の基本は畳で和風」
「生活感が全く見えないし。だいぶ前に、どこかへ避難したのかもな」
ハルノと家の中を探索して、互いの感想を言い合う。
何も物が入っていない冷蔵庫に、整頓されたままある台所。茶の間には丸い形をしたちゃぶ台が置かれ、対面する位置には低い台座と上にテレビ。和室には年季の入っていそうな扇風機と、少し値の張りそうなマッサージチェア。二階へ行けば服の入ったタンスあり、他には本の並べられる本棚。
「……なんだよ。これ?」
探索を終えて茶の間へ戻ってきては、ちゃぶ台の上にて見逃していた物。
ポツンと置かれているのは、家主が所有者であろう水色の手帳。最初のページには【我が家を訪れた人へ】と、意味深なメッセージが残されていた。




