第197話 空の玄関口58
「屍怪が行進して来る前って、どんな話をしていたかしら?」
折りたたみ椅子に座るハルノは、しみじみ出来事を振り返っていた。
時刻はすでに夜へ向かいつつ、空も暗く陰り始めた頃。折りたたみ椅子を五席で、円形に囲むよう配置。中央には薪が積まれ、焚き火がユラユラと燃える。時おり聞こえるはパチパチと、耳に心地よい木の弾ける音。今まであった緊張感は完全に解かれ、とてもリラックスできる環境だった。
「屍怪が行進して来る前って、地震が起きていたよな?」
ほんの数時間前の事であるのに、遠くに感じられる出来事。今日という一日はとても様々なことがあり、どこを切り抜いても凝縮された濃密な時間。
時間を前へ遡るほど、曖昧になっても仕方ない。
「上村隊長は大きな地震を二度も経過しているから、多少のことでは取り乱し動揺しないって話よ」
隣で焚き火を見つめるサチは、淡々とした口調で変わらずクール。
焚き火を囲むのは時計回りに、サチからフレッドに上村隊長とハルノ。現在地はキャンプ地の中でも、自衛隊が拠点とする場所だ。
「そうだ。上村隊長は道央地震を経験しているって言うから、ヤマトを知っているかと思ったんだ」
陵王高校にて過ごしているとき、出会った一人の仲間。
青年自衛官ヤマトは就職つき、道を定めるに至った契機。道央地震という災害は、人生でも最大クラスの分岐点だったと言う。
「誰だ? そのヤマトって?」
当然に何も知らないフレッドは、人物像を把握しようと問う。
懐かしきは我が学び舎と、避難所になった陵王高校。ヤマトを含む自衛官三人が主軸となり、日々の生活を送っているはずだ。
「ほぉ。ヤマトか。懐かしいなぁ。以前に千歳基地で、会って以来か。今も無事に、元気でやっているのか?」
深く説明せずとも名前のみで、心当たりありそうな上村隊長。
何を隠そう道央地震において、ヤマト少年を助けた人物こそ上村隊長。ヤマトが自衛官になってから再会し、終末の日まで交流はあったらしい。
「なるほど。自衛官としての役目を果たすため、陵王高校を離れられないか。真面目なヤマトらしいなぁ」
思考や性格を知る上村隊長は、期待通りと笑顔を浮かべていた。
「あっ!! そのヤマトって名前!! どこかで聞いたと思ったら、あの時かっ!!」
偶然にも通りがかった自衛隊員は、引っ掛かりを覚えたようで声を上げた。
焚き火を五人で囲んでいるも、自衛隊が拠点とするキャンプ地。時おり背後で動く自衛隊員いれば、自然と耳に入ってしまうのも無理はない。
「何か問題でも?」
「いえ、その以前。フードコートにいた男から、ヤマトという自衛官がいないかと。他の隊員も含め、何度か尋ねられたんです」
間を置かぬ上村隊長の問いかけに、率直に応える自衛隊員。
フードコートにいた男とは、娯楽に囲碁を教えていた人物。見た目の年齢は、五・六十代ほどで白髪。暗めの紫色ベースをしたスーツに、縦縞が何本も入った服装。常に煙草を所持しており、周囲と一度は温度が違う異質さ。鋭さあり危うさが同居している雰囲気から、堅気の人間ではなく筋者との噂が流れていたらしい。
「俺が聞いた話では、ヤマトの家族は祖母のみ。他の家族は道央地震で、亡くなったって話だから。祖父とかではないはずだぜ」
考えたところで情報は少なく、実体はとても掴めなかった。
同行者に若い女性が一人いたと聞くも、新千歳空港へ来る前に出発済みとの話。なぜヤマトを探していたのか、その本質に迫ることは叶わず。一つ小さな疑問として、胸中に残ってしまった。
***
太陽は高くなり朝食を終え、時刻にてして午前九時頃。
キャンプ地に張ったテントは片付けられ、牧場から離れるための荷造り。区切りがついたところで、墓前に多くの人が集まった。
「亡くなった方々は犠牲ではなく、我々を守った英雄です」
弔いの言葉を述べる山際所長に、感銘を受けて涙を流す者も。墓前には牧場の近くで摘んだ、黄色と白の名もわからぬ野花。
集まった人々は亡くなった者たちの死を悼み、墓前で手を合わせ静かに黙祷。新たな旅立ちを前にして、等しく無念と感謝を伝えていた。
「俺たちはもう行くよ。ここまで送ってくれて、サンキューなフレッド」
新千歳空港をジープで迂回し、苫小牧方面となる国道にて。
ジープから降ろされるは、ご愛用のツーリング自転車。青とオレンジのフォルム二台は、自衛隊員が騒動を機に確保していた。
「……蓮夜。ジョシュは最後に、何か言っていたか?」
フレッドは最後の機会となり、別れを前に問うてきた。
ジョシュと二人で話していたことは、現場にいた者を含めフレッドも知っている。仲間であり友人でもあったことから、会話の内容に興味があるようだ。
「フレッドは誰より仲間思いと言って、とても信頼している感じだったぜ」
いつもの癖あるラップ口調ではなく、悠長な日本語で伝えられた言葉。
故にとても真剣であり、本音を語る雰囲気。ジョシュのフレッドに対する気持ちは、肌身に伝わる場面だった。
「そうか。なら、もういいんだ」
フレッドは首を上下に頷き、振り返って背を向けた。
僅かに揺れ続ける肩に、震えて聞こえた声。フレッドの悲しみは背中から、ひしひしと伝わってくる。
「サチもありがとう。今日までたくさん、語れないほど助けられたわ」
「こちらこそよ。蓮夜と二人で、これからも頑張って」
ハルノとサチは別れに際して、肩を寄せ合いハグをしていた。
「無事を祈っているわ」
「こちらこそ。……みんなとお元気でっ!!」
続きサチから手を差し伸べられ、名残惜しくも握手を交わし出発。
先を見据えればまたも、果てしなく続く長い道。それでも向かうべきは東京と、決意を新たにしてペダルを踏み出した。




