第196話 空の玄関口57
「一ノ瀬君の言っていることは、半分正解と言えるでしょう」
背後に側近二人を引き連れ、現れたのは山際所長と本人。
「山際所長!!」
噂を丁度していたところに、満を持して当人登場。
計ったかのようここぞと、驚きのタイミング。今このとき登場するとは、思いもしなかった。
「今回のクーデターに関わっているのは、どうやらかなりの人数がいるようで。新千歳空港の襲撃で、人数が減って大変なときです。全員を処分と追放しては、本末転倒となってしまうからです」
人の数こそ力であると、説いていた山際所長。今回の自衛隊と自警団の連帯には、失った人材の補強も兼ねている。
そこに多くを追放しては、再び減ってしまう人材。山際所長たちは事情を鑑み、全体の利益を考え決めたという。
「それに自衛隊員の方々を、追い込んだ責任の一端。優位な立場をひけらかした自警団にも、非がないとは決して言えません」
山際所長は相手を責めるだけでなく、悪いところに蓋をせず認める姿勢。
「人間には野心や承認欲求とやら、制御し難い様々な感情があります。それでも組織というのは、まがいなりにも一枚岩に。フレッドさん。自衛隊員から信頼されているあなたを、とても頼りにしていますよ」
山際所長は止める立場にいたこと、自衛隊員が頭を下げる人柄。二つを特に評価して、笑顔で場を去っていった。
「ふん。食えない奴だな。本当に」
フレッドは口が悪くとも、ツンツンした雰囲気はない。それでいて笑顔なくても、対応は穏やかに感じるもの。
これから互いに手を取り合い、前へ向かうだろう二つの組織。きっと今日がその始まりで、未来は明るくなる気がした。
***
今日一日を休息日に当て、明日からは別れそれぞれの道へ。
残された時間は、もう僅かなもの。互いの苦労を労い死者を悼みつつ、事を振り返って様々な人と話をした。
「格納庫が燃えて、飛行機は消失。整備士を失ってしまっては、残念ながら約束は果たせなくなりました」
キャンプ地のベンチに座り、山際所長は謝罪の言葉を述べる。
「不可抗力ですし。仕方ないですよ。屍怪が行進し襲ってくるなんて、想像もしていなかったですからね」
責任云々とういう以前の問題なれば、取り立てて責める気はない。新千歳空港が屍怪に襲撃されなければ、飛行機にて空を渡り明日にも東京か。
しかし飛行機そのものに、整備士という人材に部品など。何もかもを失っては、もう空を渡ることできないだろう。
「飛行機が使えるなんて、夢にも思っていませんでしたし。俺たちは前へ進むに、二本の足がありますからねっ!!」
東京へ向かう手段に、成り行き任せな部分はある。
それでも最も頼りにしているは、親から貰った二本の足。歩くことさえできるならば、前進すること可能なのだ。
「あっ!! こんな話は、今になってですけど。実はずっと前から、山際所長に聞きたいことがあったんです」
問いたかったけれども、機会を逃していた疑問。
今このときこそ、最後のチャンス。ならば言いたいこと、素直にぶつけたくなった。
「いいですよ。答えられる範囲でならば」
山際所長は気兼ねせずと、二つ返事で了承してくれた。
「最初は飛行機に乗れるって、すごく舞い上がりましたけど。よくよく考えたら、よく俺たちの話を信じる気になりましたよね?」
初めて出会った誰と知らぬ者の、途方もない与太話。
ジェネシス社の協力を仰ぎ、事態の解決を図る目的。冷静に考えれば信じるに、とても根拠の薄い話。客観的に物事を見れば、協力するレベルと思えない。
「なるほど。その話ですか」
山際所長は真剣に向き合い、すぐに協力してくれる姿勢。
今にして考えれば、とてもお人好しが過ぎる。故にどこか、不可解に思えるくらいだ。
「だって、そうですよね? 今でこそ、違いますけど。当時の俺たちと山際所長は、何も知らない完全なる初対面。かなり大きな話だから、嘘と判断されても不思議ないと思って」
関係性や人となりを知らねば、簡単に信頼は生まれるものでない。
ならば信じるに必要となるのは、誰が見てもわかる根拠の証明。しかし話を除く何も提示しておらず、協力することリスクとしか思えない。
「信じようと思った根拠。それは大きく分けて、三つの理由があります」
山際所長が満を持して語るは、信じると決定した判断基準。それは普通の人とはまた異なる、価値観を絡めるものだった。
「まず一つ目。一ノ瀬君たちは岩見沢にて、十分な生活をしていたと聞きます。リスクを背負って無駄な旅をするなど、メリットなくしてデメリットのみ。故に東京へ向かう理由は、間違いなくあると判断しました」
分析結果を語る山際所長の話は、側から聞いても納得できるだろう。
しかしそれでもなお、残るは幾つかの疑問。今の話だけではまだ、信頼に値するかわからない。
「話はわかりましたけど。それじゃあまだまだ、信じるに足りなくないですか?」
旅をしているに、納得できる背景。だからと言って東京へ向かうにつき、理由まで本当か判断できない。
「二つ目の理由については、言えば一ノ瀬君のそういうところ。シックスセンス。やはり私の判断は、間違ってなかったと確信しますね」
次に山際所長が挙げた理由は、あからさまに主観的なもの。
「俺は本当のことを、言っていますけど。それってかなり、危なくないですか?」
シックスセンスと言えば、聞こえは良いだろう。
しかしその実は、根拠の乏しい感に近い。信頼する判断基準として、とても危険に思えてならない。
「一ノ瀬君にもありませんか? 第一印象でこの人は、優しそうや危なそう。顔つき口癖に、動作や服装。纏う雰囲気など様々な角度から、経験を元に判断したまで。歳を重ね多くの人を見ていると、意外にわかるようなるものです」
人生経験の豊富さを背景に、山際所長なりの理を説明する。
山際所長は若いときから空港で勤務し、職員や乗客とたくさんの人を見てきた。保安検査場で挙動不審者いれば、危険物を持ち込もうとする者。税関検査場にて不審者いると、密輸を企てる者。人を見る目と観察力には、職業柄と経験から自信があるらしい。
「一ノ瀬君が嘘をついているなら、無駄に話を掘り返したりしないでしょう。自らの話に粗が出て、墓穴を掘るようなもの。言えばそういう正直な人間性が、全身から出ていたということです」
山際所長は自らに流れる理を、胸を張って主張していた。
まあ一目の判断でも、信じてくれたのは嬉しいけどな。
判断に対し若干の疑問は残るも、評価内容は素直に喜ばしいもの。
山際所長が判断するに、持っていた三つの理由。となれば当然に最後も、気になるところである。
「最後の理由は根拠というより、私が人間とし掲げるポリシー。基本的には人を疑い虐げるより、信じて馬鹿をみるほうがよい。こう見えて私も意外と、愚かなところがあるのですよ」
山際所長が最後に語るは、人間感というか信念。人を信頼できるか前提とし判断しても、最後に乗れるかは自分次第。
他人を信じて、自分を信じること。山際所長は愚かと謙遜するも、とても素晴らしく思える内容。簡単に見えるような話でも、意外と深く難しいことだ。




