第194話 空の玄関口55
「いいですよ。あなたたち二人は、先にキャンプ地へ戻っていてください。一ノ瀬君。少しあちらの方へ行きましょうか」
山際所長が御してくれたことにより、側近二人は不満を飲んでキャンプ地へ。
先行する山際所長と駐車場まで歩き、開けた隅の場所にて停止。近くに何者か来れば、すぐにわかる所。聞き耳を立てること叶わなく、意図を汲み配慮してくれた形だ。
「あの、まずは最初に。この話はここだけ。山際所長と俺の二人、内密の話でお願いします」
様々な人の気持ちや意図を考えれば、ハッキリとした正着はないだろう。治安と秩序を重んじ処分を求める山際所長に、仲間を庇い責任を負っても守りたいフレッド。
それでも死期を悟りつつ、全てを語ってくれたジョシュ。決断が下される前にどうしても、知ってほしい唯一無二の真実。
「わかりました。約束をしましょう」
山際所長が確約してくれたことにより、伝えるありのままの真実。
フレッドは首謀者にあらず、ブレーキ役で御していたこと。クーデターを画策するにおいて、自衛隊員側にあった不満を説明した。
「一ノ瀬君はいませんでしたが、屍怪に囲まれた新千歳空港。自警団と自衛隊。両者に意見を述べる機会があったので、ある程度の主張は理解しているつもりです」
互いが不満に思う点は山際所長も、話しを聞いて承知している。
しかしクーデターの真実については、寝耳に水と知らなかった様子。ならば隠されていた話を聞いて、心変わりするところあっても不思議ない。
「それなら……」
「一ノ瀬君の言う通りならば、フレッドさんの非は薄いのでしょう。しかしフレッドさんは、首謀者であることを否定していません。治安と秩序を守るため、力による現状変更を許してはいけない。だからクーデターの一件は、みなが納得する落とし所が必要となるのです」
減罰できるかもと期待を抱いたところに、山際所長から辛辣な言葉を突き付けられる。
しかし山際所長の言うことも、理解できないわけではない。全て力が解決へ導くのなら、弱肉強食の世紀末。人間にある道徳や倫理観に、言葉を交わせるから避けられる争い。まずは話し合いの場を設けることこそ、フレッドたちが真に行うべき行動だった。
俺にはもう、何もできないのかよ。
フレッドのために、何かしたい気持ちはある。
しかし山際所長の言い分に理があっては、返すことできない次の言葉。真実を知っても打つ手なく、歯痒さしか残らなかった。
「なんですかっ!? あなたたちはっ!?」
山際所長は顔を横へ動揺し、唐突に叫び声を上げた。
視線を向ける先にいたのは、物々しい感じの男三人。迷彩服を着用しているから、自衛隊員に間違いない。山際所長の問いかけにも無言で、報復でも起こしそうな危うさがあった。
この三人は、レストランにいた人か。
先ほど見た顔であるから、間違いはないだろう。
会談につきレストランにて、動揺を見て取れた三人。顔色を変えて目を泳がしていた二名と、体を揺らし貧乏ゆすりをしていた者だ。
「実力行使にできる気ですかっ!? 言っておきますがここで私に何かしても、事態はより悪い方へ進むだけですよっ!!」
山際所長は怯えた様子を見せるも、現実という盾にて自制を求める。
力による現状変更は、許さないという方針。ここで自衛隊員が手を出せば、事態のさらなる悪化は避けられない。
「みなさん!! 落ち着いて話し合いを……」
「山際所長!! お願いしますっ!! どうかフレッドの処分を、考え直してくださいっ!!」
止めようと声を上げた矢先に、自衛隊員三人は土下座をして訴えた。
自衛隊員たちは報復にきたわけではなく、フレッドの処分を取り下げる嘆願。そしてクーデターにつき起きた真実を、当事者の口から説明をしにきたのだ。
「話はわかりました。処分については、自警団のみなさん。それに上村隊長と話し、再び検討した上で決めましょう」
必死な嘆願の甲斐あってか、山際所長は話を持ち帰る決断。
一人のみで判断はできぬと、再び設けられる話し合い。フレッドの処分につき減罰も、僅かながら可能性が生まれたのかもしれない。
***
あとは話し合いみんなの判断に、委ね任せるしかないな。
話に一定の結論が出たところで、戻る避難者が過ごすキャンプ地。
青や赤に緑やオレンジと、設営されたテント。今日一日だけの使用となるも、十ほどと朝よりも数が増えている。
「どうだったの? 話しは? フレッドのことでしょ?」
キャンプ地に戻ったところで、ベンチに座るハルノから問われる。
手に持っているのは、温かいコーヒー。キャンプ地では食事はもちろん、飲み物の提供も始めたようだ。
「ああ。伝えたいことは、伝えたよ。……そうだな。あとの結果はもう、みんなに委ねるしかない」
隣へ座ってはコーヒーを受け取り、教えるは先ほどの話。
三人の自衛隊員が真実を告白し、山際所長が話を持ち帰り検討すること。今の自分にできることは、もうないのかもしれない。
「みんなが納得して、上手くまとまれば良いわね」
コーヒーを飲んでハルノは、後腐れない決着を望んでいた。
これから協力して行かなければならぬ、自衛隊と自警団の両組織。クーデターの件につき決着次第で、今後の関係を大きく左右するだろう。




