第186話 空の玄関口47
「本当に無茶な提案をするわね」
「でも信じてくれたなら、期待には応えてましょう」
アサルトライフルを構えるハルノに、サチも隣にて態勢を整えていた。
これから先はブッチャーとの、駆け引きも混ぜた正面からの戦い。一対三と人数的には有利と思えるも、何か歯車にズレが生ずれば敗北は必死。
俺は自分のやることを、全力でやるだけだ。
あとはハルノとサチ。二人に任せて、信じるしかねぇ。
破壊した壁に拳が埋まり、引き出そうとするブッチャー。
反動をつけ何度となく挑戦し、一二の三で解放される拳。身動きが取れるようなると、ブッチャーは再びの侵攻を開始した。
「ブッチャー。これが最後の勝負だ」
前方から迫る敵を見据え、戦う覚悟と意志。今度こそまごう事なき、真剣勝負の最終決戦。
「グヴ……」
変わらず低い唸り声を発し、ブッチャーは歩速を上げ接近。
大きな手を一杯に広げ、伸びてくる長い右腕。全てを覆い包まんとする攻撃は、ブッチャーの中でも最強最悪と考えられる掴み技。
「なろぉ!!」
頭ごと掴まれそうな大きな手を、避けるためバックステップで回避。
右手は何にも触れられず空を切り、掴み技は完全に不発と終わったところ。次なる手は叩きつけと両手を高く頭上で合わせ、それは図らずして訪れる最大最高の好機だった。
「ハルノ!! サチ!!」
「了解!! 任せてっ!!」
ここが正念場と判断して声を上げ、即座に悟ったハルノの返し。大枠の話を事前に伝え通しては、もはや他の言葉は不用であった。
「いくぜっ!!」
黒夜刀を腰の鞘に納めて、向かうは巨大な敵いる前方。
今にも叩き下ろされようとするは、ブッチャーの巨悪たる両腕。それでも頼もしき二人の仲間を信じ、猪突猛進とリスクを鑑みずただ前へ。
「グヴ……」
タイミングを計り合わせたように、ブッチャーの両腕が迫ってくる。
しかしそれでも、ただ前に。二人の仲間を信頼し、己を信じること。大胆さと度胸を合わせ持つこと、今回における最大の決断にして試練。
「ダンッ!!」
「ダンッ!!」
後方から連絡通路に響くは、二つの鉛が弾ける音。
「グヴッ……」
ブッチャーの両腕からは血しぶきが舞い、同時に振り下ろす動きが遅くなった。
「このときを待っていたんだっ!! あとは俺がやるのみっ!! 逃す手はねぇ!!」
一段と加速し緩めることなく、好機を活かすと進める足。
足の左右を大きく開き、立っていたブッチャー。長い脚と股下に大きな隙間あり、活かすに最適の場所。
「うぉおおおっ!!」
両の足と高さに注意を払いつつ、股下を潜ってスライディング。
ハルノとサチに両腕を打たれ、反応できなかったブッチャー。体を捻って力を集約し、解き放つ黒き刃。右腕にあらん限りの力を乗せて、狙い斬るは左足上部と足の腱。
「どうだっ!?」
刀を通じ右手に残るは、たしかな手応え。
振り向き立ち上がるとそこには、片膝をつくブッチャー。一撃必中で狙った試みは成功か、足の腱を斬れれば足止めも確実だ。
***
「場所? 連絡通路の中央付近。ええ。そう。窓が割れている場所の近くよ」
視線を向けるさらに奥の方では、サチが誰かと連絡をしている。
しかし今このとき問題は、大きな屍の怪物ブッチャー。片膝を付いては高い位置の頭も、目線より下と狙えそうなもの。
「焔が使えれば……」
あからさまな好機となっては、無理とわかっても口惜しさが残る。
西洋兜を被るブッチャーには、弾丸は通らず頭を破壊できない。それでも鉄をも斬れる焔の性能あれば、打開できる可能性があったからだ。
「蓮夜!! 何をやっているのっ!? もう十分よっ!! 撤退しましょう!!」
当初の目的は達成されたと、ハルノに行動を急かされる。
今回の目的は最初から、撃退ではなく足止め。これ以上を求めるは想定を逸脱し、ナンセンスと言えるだろう。
「……だな。わかった!! すぐに戻るっ!!」
心の中で踏ん切りをつけて、連絡通路を歩き二人の元に。
手の届かぬ離れた位置へ回り、遠目から見るブッチャー。決して倒れることなく、片膝ついたまま動かぬ姿勢。今はまだ纏う雰囲気から、戦意は消えておらず。圧倒的な存在感と迫力に、息を呑んでしまうくらいだった。
体はデカいし、凄え筋肉。こんなバケモノと戦ったんだ。
倒せなくても足止めだけで、十分な成果だよな。
再びマジマジと見るは、目を見張る体格と全身。
歯を強く食いしばっては、上がった歯茎が不気味。足の腱を斬るという攻撃を受けても、興奮なく落ち着いた様子だ。




