第184話 空の玄関口45
「逃げるわよっ!! 蓮夜!!」
立ち止まっていては次の標的と、ハルノは袖を引いて促す。
ブッチャーは自警団員の死体を眺め、今はまだ動かず立ち尽くしている。たしかに顔を向けられれば、次の標的となるかもしれない。逃げる機会は今このとき、最後のチャンスと言えるだろう。
「……サチ。みんなの避難状況は?」
ブッチャーから顔を背けずして、問うは避難の状況。
サチはトランシーバーを使用し、絶えず避難確認をしている。シャッター破壊されすでに三十分以上と、避難完了しているなら逃げも選択肢。
「避難は最後の方よ。でも足の不自由な人や、体に不自由がある人。最後の方にきて、少し手間取っているみたい」
避難は大詰めと目安に目論見あったはずも、サチの思惑に反し事は順調に運んでおらず。
未来を知ることできねば、時に不測事態は起こるもの。想定通りに事が運んでいなければ、まだ時間を稼ぐ必要性があるようだ。
「……蓮夜。……どうする気?」
袖を掴んで問うハルノはとても、不安気で浮かない顔をして見える。
頭の中で考えていることを、お見通しといったところか。付き合いは長く経験から、察するところあるのだろう。
「自衛隊員や自警団員。何人もの人が戦い、犠牲になっても。身を盾にして、稼いだ時間だ」
多くの人を生かすために、行われた今回の作戦。過程から本線と全てにおいて、少なからずの犠牲者は出た。
「今この場で時間を稼ぐため、戦えるのは俺たちしかいない」
それでも誰も文句を言わず、戦いきった意志のバトン。受け取る番がきたとなれば、無下に扱う気にはなれなかった。
「ハルノは下がってくれっ!! ここは俺が時間を――」
「冗談を言わないでよっ!! 蓮夜が逃げないなら、私も残って戦うわっ!!」
臨戦態勢と黒夜刀に触れて言うも、言葉を待たず口を挟むハルノ。
今までともに旅をして、戦ってきた仲間。一人で残して行くなど、決して許せぬとの決断だった。
「二人が残るって言うなら、一人で逃げるわけにもいかないね」
立ち止まっていたサチも、発言を聞き覚悟を固める。
自衛隊に自警団と避難をし、場に残るのはハルノとサチ。連絡通路にいるブッチャーを相手に、三人で時を稼がねばならない。
***
連絡通路中央付近にて、対峙する大きな敵。自警団員の死体を見つめるブッチャーに、外では今も花火が打ち上がっている。
「光一閃」
不意打ちだろうとお構いなく、一気に間合いを詰めての抜刀術。腰に下げていた刀を、鞘から抜き放つ動作にて光の如く。
「グヴ……」
しかし不意をついたはずの攻撃も、思いの外に反応の速きブッチャー。
右腕を上げ盾と防御しては、受け止められる黒き刃。普通の屍怪であれば、切断できても不思議ない斬撃。それでも筋肉の鎧を纏うためか、皮膚の表面を斬る程度で先に進まなかった。
戦いづらい。身長が高い上に、斬れねぇし。兜を被っているから、弱点が見つからねぇ。
どんな屍怪でも頭部を斬れば、無力化と撃退をできるはず。
しかしこのブッチャーは、丸い西洋兜を被っている。加えて身長はとても高いことから、刃を届かせることすら難しい状況だ。
「ブゥン!!」
ブッチャーの腕が振り下ろされると、耳元で風切り音が響き髪も揺れる。
それにこのスピード。普通の屍怪と比べて、圧倒的に動きが違う。
いわゆる普通と平均的な屍怪ならば、生者より僅かに動きが劣るという感覚。
しかしこのブッチャーにおいては、少なくとも生者と変わらない。本物のプロレスラーと対峙しているとも言え、人並み以上の速さに上回るタフネスさ。痛みや恐怖という点が希薄であるから、本質的には生者のときより厄介だろう。
「うおおっ!!」
それでも黒夜刀にて斬撃を放ち、所々にあるたしかな手応え。腹部を斬っては薄皮一枚を剥ぎ、腕に続けてはできる斬り傷。
しかしそれでも力が足りぬのか、どこを斬っても擦り傷のようなもの。ブッチャーの筋肉は鎧のよう硬く、目立つダメージを与えられなかった。
……硬い。必要なのは、力だ。
力がなければ、ダメージすら与えられねぇ。
隙を見ては何度となく、放ち当て続けた斬撃。それでも堪える様子が微塵もなければ、ガキの使いと遊び戯れにすぎない。
ブッチャーを足止めダメージを与えるに、必要なのは何より力。腕力でどうしようもないなら、補える何かが求められていた。
「蓮夜!! 危ないっ!!」
ハルノの声が耳に届き即座に、刀を盾に流してバックステップを踏む。
ブッチャーの拳が微かに、刃へ触れた感覚。それでも先んじて回避に動いたため、大事とならず距離を保つことができた。
一番ヤバいのは、時おりくる掴み技か。掴まれた人は例外なく、最悪の結末を迎えているらしいからな。
掴まれたら、一貫の終わり。それだけは絶対に、なんとしても避けねぇと。
大きな手を開き向けられるは、攻撃の中でも警戒必須な掴み技。
新千歳空港へ侵入したとき一人に、先ほど連絡通路でも同様に。生者の頃は現役プロレスラーであり、能力を継ぐなら腕力に握力も相当だろう。掴まれた者に逃れた者はおらず、故に回避は絶対の条件だった。




