第178話 空の玄関口39
「やめろっ!! 離してくれっ!!」
また一人と屍怪に避難者が捕まり、男性が悲鳴を上げ犠牲となった。
迫る屍怪の存在を認知しては、避難者たちもパニック状態。駆ける足は一段と加速し、後方が前方を押して追い抜く状況。
床に落とされた白熊のぬいぐるみも、慈悲なく踏まれ蹴られて飛ばされる。人波から逸れた位置にて横たわり、避難者たちを呆然と見つめる姿。黒く汚れた顔は、とても物悲しそうであった。
「……あった」
人波を逆流し拾い上げたのは、まだ年端もいかぬ女の子。
白熊のぬいぐるみを、所持していた者か。落としたことに気づいては、拾いに戻ってきたようだ。
「ミユちゃんっ!! 誰か助けてっ!!」
母親と思わしき人は戻り叫ぶも、誰しも聞く耳を持たず余裕はない。
それもそのはず眼前には、迫りつつある男の屍怪。誰しも己の命を脅かされれば、他者を配慮できずとも仕方ない状況だ。
「一刀理心流。光一閃」
両足に力を入れては全力で踏み込み、光の如く迫っての抜刀術。女の子と屍怪の間へ割って入り、右手に持つ黒夜刀を振るっての一斬。
刀が捉えるは急所の頭部ではなく、生者なら致命傷となる首。最も狙い易く動きを止めるに、確実性が高いと判断して定めた場所。
「ガッ……」
首筋に冷たい感触を受けてか、男の屍怪は微かに叫ぶ。
しかし瞬きの間もなく、すでに時は遅し。首横から入った黒夜刀は触れる全てを斬り裂き、振り切っては床にゴロゴロと転がり落ちる首。
「ゔぇえええんっ!!」
女の子は唐突に泣き出してしまうも、側から見て理由は明確だった。
運の悪いこと屍怪の首は、女の子と向き合う形で停止。視線が合致する態勢となっては、トラウマになっても不思議はない。
「なんで戻ったのっ!? ダメでしょ!! 一人で勝手に動いたらっ!!」
「だって、熊さんいなかったの」
戻ってきた母親は強く抱いて説教をし、目に涙を浮かべ女の子は説明をする。
子どもが小さければ全て成長途中と、危険や恐怖という認識も低いのだろう。子が大きく成長するまで、親は容易に目を離せぬものだ。
「子どもを連れて、早く逃げてくださいっ!!」
トラウマとなってしまいそうな場面も、今は命を守ること何より優先。迫っていた男の屍怪は首が飛び、体も地に倒れ動かなくなった。それでも突破してきた屍怪は、目の前にいる一体ではない。
武器を持たぬ親子の民間人を、必ず守れる保証など存在しない。再び襲われる事態の回避には、遠くへ離れること一番の手段だ。
「ありがとうございますっ!!」
母親は深々と頭を下げて礼を言い、女の子を抱き上げ走り去っていった。
連絡通路を走り向かうは、先の国際線ターミナル。隣の建物まで行けば上村隊長や仲間たちに、避難した他の避難者たちもいる。国内線ターミナルを離れれば、ひとまずの安全と言えるだろう。
「他の屍怪は……」
背後に背負う者がいなくなり、気になるのは他の驚異。
階段を突破した五体により、犠牲となったのは三名。いずれも武器を持たぬ、避難していた民間人。それでも自衛隊と自警団の活躍により、地に顔を伏せ動かぬ屍怪。両組織の迅速な対応あって、制圧はすでに終わっているようだ。
「蓮夜!! 上村隊長と話したわ!! 民間人の避難が終わり次第に、すぐにシャッターを閉めるから!! 引き続き避難誘導をお願いっ!!」
国際線ターミナルから戻ってきたサチは、話の内容を現場に伝えて回る。
人々の避難も順調に進み、もう時期に終わるだろう。となればあとは、両組織の者が退避するのみだ。
「避難完了!! 退避に移行してっ!!」
最後の民間人が連絡通路へ入ったため、サチは合図をして事は次なる段階に。
残されるは自衛隊に自警団と、人々の避難誘導に従事していた者。民間人の避難が完了したとなれば、最後は国内線ターミナルに残る者のみだ。
「盾を捨ててでも、急いで下がって!!」
サチの叫びを合図に、盾部隊も避難を開始。屍怪に掴まれる盾は捨て、連絡通路へ急ぎ向かう十名。
せき止められていた蓋が開き、雪崩れ込んでくる屍怪と化した者。押さえつけられた鬱憤を晴らすように、三十体以上が鉄砲水のよう勢いであった。
「発砲開始っ!!」
指揮するサチが上げた手を下ろし、銃器を構えた者が一斉に射撃を開始する。
屍怪が迫る国内線ターミナルと、連絡通路を堺とする場所。銃器を所持する両組織の十名が横並びに、迎撃をして盾部隊を避難させる算段だ。
「シャッターを閉めるよっ!!」
サチは壁際にあるスイッチを押し、頭上のシャッターは下り始める。
役目を果たした盾部隊の人たちは、急ぎ連絡通路まで退避完了。銃撃部隊の発砲を前にして、バタバタと倒れる屍怪たち。シャッターはゆっくりであるも頭上から下り、床と噛み合って閉鎖を完了させた。




