第176話 空の玄関口37
「……ハルノ」
人々が避難を始めていると悟り、交差する人の中から気がかり。
ともに札幌から岩見沢へ帰還し、新千歳空港まで同行をした人物。見知った顔の幼馴染を、雪崩れる人波の中から探す。
「どうしたのっ!? お爺さん!?」
「ちょっと。忘れ物をしたかもしれん」
慌てた様子で老婆は振り返り、立ち止まって応える老人。リュックを置いてはチャックを開き、荷物から何かを探している様子。
どうやらそれでも、目的物は発見できなかったようだ。
「命より大切なものはありませんよ!! さあ、行きましょう!!」
「ゔっ……」
力強い老婆の主張に手を引かれ、老人は口惜しそうに歩き出す。
誰しも屍怪が迫る背後へなど、戻りたくはないだろう。忘れ物に未練はあろうとも、諦め進む決断をしたようだ。
「歩くの疲れたっ!!」
「ワガママを言わないのっ!!」
疲労から足を止めて動かぬ男児に、母親も強く言って余裕は見えない。
しかし手を引いて行動を促すも、動こうとしない男児。叱りつけても逆効果か、抵抗して頑なな姿勢だった。
「もういいっ!! こうした方が早い!!」
父親は荷の詰まったリュックを押しつけ、即座に屈んで男児を抱き上げる。家族三人が急ぎ向かっていく先は、隣の建物である国際線ターミナル。
他にも避難者は多数おり、左右へ目を向けて確認。それでも避難者が一段落してか、次第に切れ始める人波。事は思うよう簡単に運ばず、どこにも探し人は発見できなかった。
***
「国際線ターミナルはこっちよっ!! 荷物は捨ててでも、逃げることを優先してっ!!」
避難する人波が落ち着いたところで、前方から耳に聞き覚えある声。
オレンジ色に近い明るい髪を、高い位置で結んだポニーテール。横顔にハーフの要素あり、綺麗な翠色の瞳が特徴的。オレンジのブラウスに、白いパンツを着用した人物。それは今まさに、探している当人だった。
「ハルノっ!!」
「蓮夜っ!? こっちまで来ていたのっ!?」
国内線ターミナルまで急いで駆け寄り、目を見開きハルノは驚きの表情を見せる。
一つの不安が払拭されて、心中を包むは安堵感。ハルノを含め自衛隊員に自警団員は、人々の避難誘導をしていた様子。証拠に迷彩服と腕章する者は残り、他は国際線ターミナルへ一目散に駆けていた。
「大丈夫かよっ!? 屍怪が入っているって話だったから、心配をしていたんだぜっ!!」
パッと全体を見た感じでは、怪我などしていない様子。
姿を確認し始めて、得られる安心感。一つ心の憂いは、晴れたというもの。
「無事ってことはないわ。二階のシャッターが突破されて、屍怪が侵入してきているから」
現在の問題を指摘するハルノは、その難題から神妙な面持ちだ。
シャッターを破壊した屍怪は、突破して閉鎖エリアへ侵入。現場での足止めが唯一の抗いと、根本的な解決手段がないからだ。
「なら、みんなもっ!! 早く避難しねぇと!!」
避難者の姿が途切れたところで、全員に早急な避難を求める。
国内線ターミナルから、国際線ターミナルに。移動を終えたとなれば、連絡通路のシャッター。下ろせば上村隊長の言う通りに、ある程度の時間を稼げるだろう。
***
「ダメよ。三階のラウンジにはまだ、避難できていない人がいるの」
しかしハルノの発言によれば、遅れている者が存在との話。
新千歳空港で過ごしていた人は、三百人程度だったと聞く。たしかに連絡通路で交差した人数では、言われた数値に全く届いていない。
「屍怪が階段を上がってきたぞっ!!」
見張りをしていた自警団員は、階段下を見つめ急報を告げた。
国内線ターミナルでも連絡通路に近い、エレベーターを隣にした階段。階段下にはシャッターが突破されること予期し、テーブルなどを用いてバリケードを急造。
それでも物資に時間が足りねば、完全たる物ならず。屍怪は破壊をして隙間を通り、間近に迫ってきているようだ。
「構えろっ!!」
「一斉に撃つぞっ!!」
自衛隊員二人が加勢に参上し、向けるはアサルトライフル。
自警団員を中央にして、三人は横並びに展開。各々が所持するアサルトライフルを、屍怪へ向けての発砲を開始した。
「早くっ!! 早くみんな避難させろっ!!」
けたたましい音が響く中でも、自衛隊員は早急な避難を促す。
同時に三階のラウンジから、避難者の第二陣が避難開始。自衛隊と自警団が協力をし、人々の避難誘導に努めている。
「なんで自警団の人まで、銃を持っているんだよ?」
アサルトライフルやサブマシンガンと、銃器は自衛隊の専用武器だった。
両組織は反目する関係にあり、武器共有などはしていない。故に腑に落ちぬと疑問に思い、ハルノへ聞いた次第だ。
「詳しくはあとで説明するけど。いろいろあったの。私も銃を借りているし。今は二つの組織が協力をして、事にあたっているわ」
説明するハルノの腕にもたしかに、アサルトライフルが装備されている。
しかし協力していると言うだけあって、両組織は強く連携している様子。今までにない活発なコミュニケーションに、窮地の中でも互いを尊重し合う姿勢。現在における組織の形こそ、理想的とも思える雰囲気だ。




