第175話 空の玄関口36
「ここが……国際線ターミナルの出発ロビーか」
階段を上った出発ロビーの正面にあるは、インフォメーションセンターと上部に電光掲示板。今は飛行機の運行あるわけもなく、全てが真っ黒な大画面。
国際線ターミナルは出国審査場を中央に、右側の出発口A Bと左側の出発口C Dに分かれる。現在地は出発口Aと、出発口Bの間に位置する場所。各種航空会社の窓口が左右に、自動受付機も併用され並ぶ。天井は高く広々とした造りで、とても開放的な雰囲気の空間だ。
「連絡通路は真後ろです」
自衛隊員の促しにより振り返ると、中央には二百メートルほどある連絡通路。手前の左右には多数のお土産店や飲食店と出店され、国内線ターミナルにはない外貨両替店もある。
「みんな、まだ来ていないんだな」
危機的な状況にある国内線ターミナルから、まだ良い国際線ターミナルへの移動。トランシーバーを介しハルノとの通信では、準備をして向かうという話だった。
しかし見つめる前方の連絡通路には、人の姿は一人もなく影すらない。新千歳空港は避難者にとって、居住空間と生活を拠点とする場。各々に荷物が多いこと想定され、準備に手間取っているのかもしれない。
「避難に使える時間は、屍怪の動向に左右される。花火を打ち終わってしまえば、どう動くか想像できない。避難は速やかに、滞りなく行う必要性がある」
タイムリミットすら読めないと、上村隊長は状況を楽観視しない。
何かの拍子に行動を変えれば、再び屍怪に囲まれる最悪の事態。脱出する機会は完全に失われ、果てしない絶望の淵へ叩き込まれる。
「呼びに行ったほうがよさそうだな。上村隊長!! 俺は国内線ターミナルへ行って来ますよっ!!」
ただじっと待っているだけでは、埒が明かぬと積極的に前へ出る。
国内線ターミナルにて避難する人たちは、三階のラウンジに集まっていると言う。国際線ターミナルと近場にいれば、今や直接に出向き促したほうが早い。
「屍怪よっ!! 屍怪が入って来ているわっ!!」
移動を決めたタイミングにて、連絡通路から一人の女性が駆けてくる。
年齢は三十代前後か、茶色のロングヘアー。赤縁の眼鏡を掛け、背負うは黒のリュック。ピンクのマウテンパーカーを着用し、見た目は登山者のよう格好だ。
「はぁ。はぁ」
国際線ターミナルへ着き息を荒々しく、顔を下にして肩を上下に揺らす女性。
「落ち着いて。詳しく状況を説明してくれませんか?」
上村隊長は呼吸を整えるよう促し、情報を得ようと質問をしている。
連絡通路から走ってきたのは、今のところ女性一人。状況を把握するためには、説明をしてもらう他にない。
「二階のシャッターが突破されたのっ!! 屍怪が入ってきて、三階にも上がってきているわっ!!」
女性が告げる話は、まさに最悪の凶報。ブッチャーなる屍怪が体当たりをして、損壊が出たという二階のシャッター。時間的な猶予は少ないと言われ、日を跨がずに起こした誘導作戦。
しかしそれでも、シャッターは耐えられず。国内線ターミナルはついに、屍怪の侵入を許してしまったようだ。
***
「……マジかよ。上村隊長!! 俺はみんなの所へ行ってきますっ!!」
約二百メートル先の出来事なれば、考える間もなく自然と足が前へ出た。
道路橋にいては手の届かぬ距離も、隣の建物なれば目と鼻の先ほど。不安や心配という感情は当然にあるも、それ以上に力になれるはずとの使命感。自らの判断で誰よりも先に、連絡通路へと走り出していた。
「待てっ!! 蓮夜!! 落ち着くんだっ!!」
上村隊長は背後で自制を求めているも、前へ進む足はもう止まらない。
国内線ターミナルと国際線ターミナルを繋ぐ、約二百メートルの距離ある連絡通路。中央に設置されるは左右対処に、動く歩道のムービングウォーク。以前も見たまま清掃ロボットが沈黙し、通路隅には鑑賞用の木とゴミ箱に自動販売機。
終末の日から節電に励み、使用を控えていた照明。それでも今は前例なき有事であり、連絡通路を平時のよう等間隔に灯らせる。それでも窓際をバリケードで覆ってなければ、光は外へダダ漏れな状況。屍怪の習性を考えると、引き寄せても不思議はない。
……ハルノ。……無事なのかよ。
何よりも気になるのは、怪我の有無や安否状況。数刻前に声を聞こうとも、確実なものはない世界。
思考が僅かにもネガティブへ流れれば、どこからか膨らむ暗い気持ちに嫌な想像。突破したバリケードから階段を上り、三階のラウンジへ流れていく屍怪。逃げ場を失っては抵抗も虚しく、噛まれ裂かれ蹂躙される人々。起こりうる現実が脳裏を過っては、気を早やらせ走る速度を上げさせた。
「きやぁああっ!!」
連絡通路を中間ほどまで来た所で、不意に女性の叫びが前方から響いた。
「急げっ!! 急げっ!!」
続き前方で大きく手を仰ぐは、声を荒らげ誘導をする男性。
今まで人影なかった連絡通路に、突如として出現した人々。小さな子どもから成人した大人に、腰の曲がった老人と支える補助人。時おり背後を気にしつつ、正面から流れてきている。
「……」
足を止めて成り行きを注視していると、人々はパニック状態のまま隣を通過。一同は国際線ターミナルへ向かい、連絡通路を急ぎ駆けていった。




