第173話 空の玄関口34
「二発目」
表情を変えず上村隊長は指示を出し、空に広がる次弾の打ち上げ花火。
満開に広がる一発目と異なり、滝の水が落ちるようしだれ花火。こちらもまた種類が違って圧巻であるも、今度は目を奪われている場合でない。
「……頼む」
自然と口に出た願い祈りとともに、双眼鏡にて屍怪の動向チェックを続ける。
車の残る青空駐車場を注視していると、不意に顔を上げ始める一体。花火の打ち上がった空を見つめて、気を引かれているのは確かだった。
「動けっ!!」
「動いてくれっ!!」
気づけば隣の自衛隊員たちも、手を合わせ祈っている。
屍怪が行動を起こさねば、前提から崩れる誘導作戦。時間的な猶予は定かでなく、今このとき以上に切望することはない。
「行けっ!!」
行動を促して背を押すように、願いが自然と叫びになった。
すると花火に触発されてか、動き始める屍怪たち。一体が歩を進めること皮切りに、再び数千規模の行進が開始。滑走路へ向い協調する姿は、遠方から見て波の如くだった。
「屍怪が移動を開始!! 第一段階をクリアっ!!」
「やったぜっ!!」
歓喜の報告を告げる自衛隊員と、自然な流れでハイタッチを交わす。
新千歳空港における全ての場所から、一斉に花火を目指す屍怪たち。最も右方と見通しよい国際線ターミナルは、他と比較しても屍怪の動きが早かった。
「次弾以降の打ち上げタイミングは、屍怪の動向を見て判断。我々はみんなが待つ、新千歳空港へ向かおう」
前提段階を達成したところで、上村隊長は後方ジープの助手席に乗車。
双眼鏡は赤外線暗視使用と、暗くても見える高性能な物。これから時期に夜へと移行しても、十分に事態を把握できるだろう。
「ちゃんと迎えに来てくださいよ」
打ち上げタイミングや異変を伝えるため、自衛隊員の一人は道路橋に残る。
様々な種類の花火を入手したとはいえ、規模の大きい打ち上げ花火は十発。故に屍怪の行動を随時で確認し、タイミングを見計らう必要性があるのだ。
「忘れてなかったらな」
フレッドは一つ冗談を飛ばし、先頭のジープへ乗車。
新千歳空港の周辺にいる屍怪は、続々と移動をして数を減らす。今この時タイミングしか、人々を救出する機会はない。
***
「おらぁ!! クソ馬鹿ども!! こっちへ来やがれっ!!」
汚い言葉で罵るフレッドの挑発は、素行の悪い輩のようであった。
ジョシュは運転席でハンドルを握り、ジープ後部の荷台に立つフレッド。荷台には肩まで届く高さの柵あり、側面はもちろん前後と中央に三カ所。等間隔で設置された柵は、支えや手すりにもなる。故に荷台上でもバランスを保ち、走行中も動きを可能にした。
「ふぅうううっ!!」
低速で走るジープの荷台にて風を受け、髪を揺らして手を回すフレッド。危機的な中でも気持ち良さそうで、どこか楽しそうに挑発をしていた。
そんなフレッドが右手に持つのは、アウトレットモールで入手した手持ち花火。着火させた状態で手を回し、火花が輝き散っては一段と目立っている。
「一気に集まって行くな」
状況が見えるほど近い距離であるも、エンジンを切り路肩にて停車中。こちらに屍怪が集まらぬよう静かに息を殺し、動き始めるタイミングを待っていた。
フレッドとジョシュが乗るジープからは、進行方向を照らすライトの光。クラクションの音は響き過ぎるかもと、今回は控え使用しない方針。それでも荷台では噴出花火が着火され、火花が散る後ろを屍怪が続々と追っていく。
「よし。我々は国際線ターミナルへ向かおう」
屍怪の姿が消え一定の距離ができたところで、上村隊長はついに動く決断を下す。
向かうは新千歳空港の右方であり、長方形の形をした国際線ターミナル。フレッドとジョシュが最初に注意を引いたため、今や屍怪の姿はほとんど見えない。
「ヴゥガアァ!!」
ジープを走らせ道路を進むと、去り際に喚く男の屍怪。花火に囮と策を講じても、決してゼロにはならない存在。
それでも周囲にいた数千規模も、作戦の実りもあって二百程度か。その大半もフレッドとジョシュが引き連れているため、国際線ターミナルへの接近は容易そうだ。




