第170話 空の玄関口31
「クソッ!!」
手を地にフレッドは立ち上がると、屍怪の肩を掴んで引き離しに動く。
ジョシュの背後から首元に回す手を、力任せに振り解きできる距離。両手を胸の前に構えてステップを踏むフレッドは、まるで格闘家かボクサーのよう姿だった。
「相手をしてやる」
呟くとフレッドは足を大きく振りかぶり、高く上げてのハイキックを披露する。
目で捉えることギリギリというほど、素早くキレあり鋭かったハイキック。爪先が頬に当たると屍怪の顔面は歪み、首は百八十度と可動域を超えあらぬ方向へ。遅れることコンマ数秒ほどして、踊るよう体を半回転させ地に沈んだ。
「フレッド!! ジョシュ!! 急げっ!! 後ろから来ているぞっ!!」
後方にいる二人を呼び戻すため、声を上げて訴える。
首の骨を折り一体を無力化させようとも、窮地をまだまだ逃れていない。アウトレットモールの通路を歩くは、もはや数えきれぬほどの屍怪。渋谷の細い路地を行く、ハロウィン時の群衆を彷彿させる光景だ。
「大丈夫かよっ!? 怪我はしなかったかっ!?」
後方にいた二人と合流して並走し、すぐさま安否確認と質問を投げる。
フレッドは屍怪犬に上を取られ、ジョシュは屍怪に背後から掴まれた。危機に際しているから想定外あらず、それでも身の心配をするは当然だ。
「ノープログラム!! 平気!! 平気!!」
腕を前にジョシュは指を二本立て、無事だと明るい雰囲気だ。
「……問題ない」
フレッドはどこか神妙そうな面持ちに見えるも、ジョシュの隣を走り怪我なく無事な様子。
アウトレットモール出口となる門まで、僅か三十メートルほどという場所。上村隊長たちが待つ駐車場は、もはや目と鼻の先という距離である。
「みんな無事かっ!?」
アウトレットモール出口となる門の前にて、腕を回し誘導をするは自衛隊員。
騒動に気づき助けに向かおうとするも、合流できなければ最悪と自重。故に出口前にて屍怪を撃退し、退路の確保に動いてくれたのだ。
「蓮夜!! 早く車の中へ!!」
運転席から顔を覗かす上村隊長に促され、ドアを開けてジープの後部座席へ乗車。
「上村隊長!!」
「みんなもジープへ乗り込めっ!! 退却するぞっ!!」
感謝の呼びかけに応じる間もなく、上村隊長は自衛隊員たちに指示を飛ばす。
アウトレットモールの門前にて、一列に並べられた五台のジープ。隊員たちが戻ってくればすぐに、場を離脱できるよう準備していたのだ。
「二人やられたっ!!」
「運転手が足りないっ!! 一人は運転してくれっ!!」
自衛隊員たちは合流してからも、事態の大きさに混乱が生じていた。
後方から歩き迫るは、屍の怪物と化した屍怪。危機を脱せずして安堵感は微塵もなく、離脱できねば安心感を得られるものではない。
「出発だっ!!」
自衛隊員たちが各々に乗車したこと確認し、上村隊長はアクセルを踏み前進を始める。
アウトレットモールの門から、駐車場へ流れ出てくる屍怪。タイミングとしてはギリギリでも、追いつかれることなく退却できた形だ。
***
屍怪の行進を目撃してから数刻が経過し、頭上にあった太陽も西へ落ちつつある頃。
新千歳空港を遠目に見える、高さ十メートルほどの道路橋。双眼鏡で見る建物の周辺はどこも、屍怪と思わしき影がウロウロしている。
「シット!! 二人もやられるなんてっ!!」
「仕方ない。起きてしまったことだ」
何度も地を踏んで憤る自衛隊員を、上村隊長は肩に手を置き宥めている。
屍怪いる外へ赴く行為は、常に危険と隣り合わせ。自衛隊員たちはみんな覚悟の上でも、仲間の死となれば堪えるもの当然だ。
「上村隊長。誘導作戦の開始はいつにしますか?」
花火の入手と前提段階をクリアし、フレッドは作戦開始のタイミングを見計らう。
「太陽が沈めば、ブラックアウト!! 目が利かねば、デンジャラス!!」
ジョシュは変わらずのラップ口調で、夜が近づく空を見上げ指摘する。
日が落ちてはたしかに、全体の把握は難しい。終末の日から夜に外出など、リスクが高すぎて論ずるまでもない話だ。
「なら作戦開始は、明日って感じか。でも少し、残念だよな。花火っていえば、やっぱり夜だろ」
暗い夜空に火花が散ってこそ、本来の良さが際立つ物。絶好のシチュエーションで見られぬとは、無理難題とはいえ少しもったいない話だ。
「早朝。日が昇り切る前に、打ち上げを始めよう。音だけではなく、視覚も活かす。暗いうちから打ち上げれば、効果も一段と期待できるだろう」
上村隊長の発言により、作戦の大枠が決まる。
新千歳空港にいるハルノたちと合流するは、明日の早朝と日が昇りきる前。離れた位置から花火を打ち上げ、屍怪の誘導をして向かう手筈だ。




