第164話 空の玄関口25
「六十年もの。まだこんなワインがあったのか」
「違いねえ。目ぼしいと思う物は、前の補給で持ち帰ったのにな」
ワインボトルを持ち上げる自衛隊員に、シャンパンを見比べつつ一人は言う。
アウトレットモールは新千歳空港に近く、何度か補給にきた経験あるとの話。その際には酒類はもちろん食料品と、ジープに乗せ持ち帰っていたらしい。
「運べる量に限りがあるから、厳選はある程度したろ。そのときに見逃したのか」
自衛隊員たち五名はわいわいと、酒屋で酒の物色を続けている。
「ほんの三分くらいだろ? 俺はあまり気にしないけどな」
酒屋のショーウインドウを前に、三人が残っての見張り。
新千歳空港は窮地であっても、無事に籠城できているとの話。屍怪の侵入を防げているなら、危険な中でも一応は安全。時間を急いでいるとはいえ、一刻を争うというレベルではない。
「自衛隊というのは、縦の組織だ。指揮系統が乱れては、必ずどこかで問題が生じる」
仕切りに足踏みをするフレッドは、ピリピリした様子でイラつきを隠せない。
「危険な中でも、エンジョイ!! 酒で心を、リフレッシュ!!」
ラップ口調で言うジョシュは、見張り中でもいつも通りだ。
「時間だっ!! 出発するぞっ!!」
フレッドは酒屋の店内を覗き込み、隊員たちに即座の行動を促す。
懐にウイスキーのミニボトルを入れ、膨らんだリュックには多種のお酒。何事も問題は起きずして、帰路につこうというときだった。
「パリンッ!!」
酒屋から響いてくるは、何かが割れた音。
「気をつけろっ!!」
「悪い。悪かった」
不注意を咎めにフレッドは入店し、レジ前にて頭を下げ謝罪する自衛隊員。
自衛隊員一人の肘が棚に触れて、落下させたウイスキーボトル。割れたガラス片がレジ前にて散らばり、木の床に染み込んでいくウイスキー。ツーンと鼻をつく特有の匂いを、開封を機に周囲へ放っていた。
「……何事かと思ったぜ」
事態の把握へ入口まで駆けつけ、大きな問題ではないと安堵。
騒動が起きたとなれば、傍にあるは屍怪の存在。店内に隠れていたのかと、肝を冷やすところである。
「……ん?」
酒屋の事態は不注意と問題なく、正面の通路へ視線を戻したところ。
通路中央に植えられる一本の木を前に、向かい合うよう佇むは中型の犬。全身の毛がなく皮膚に赤らみあり、飛び出た眼球はカメレオンのよう動き。今まで培った経験から間違いなく、感染し屍怪犬となった姿である。
「落ち着け。一匹だ。問題ない」
自衛隊員の一人が先に気づいていたようで、アサルトライフルを向けて余裕の発言。
他の自衛隊員たちも視線を向け、それでも一匹なれば一人に任せる様子。腕を組んだり欠伸をしたりと、傍観者的な立場を取っている。
「ペタ。ペタ。ペタ」
木の後ろから赤いレンガの通路を歩き、唐突に変わる事態の旗色。
群れを成して顔を並べるは、異形な姿をした八匹の屍怪犬。銃口を下ろす先頭の自衛隊員に、顔色が変わる傍観者の隊員たち。腕を組んでいた者は解き、血相を変えて対応に動き始めた。
「フレッド!! 問題発生だっ!!」
自衛隊員の一人が酒屋へ行き、伝える現在の状況。
対面する屍怪犬の数は、奇しくも同数の八匹。屍怪と違い動きが速いため、襲撃されれば対応に苦慮するだろう。
「どうしたっ!? 何かあったのかっ!?」
異変を聞き知りフレッドも、慌てて酒屋から顔を出す。
しかし同時に指示の間もなく、足を上げる一匹の屍怪犬。先頭が駆け始めては七匹も続き、まるでドミノ倒しのよう展開だった。
「シットッ!!」
再び上げたアサルトライフルが火を噴き、自衛隊員の叫びと大きな発砲音が響く。
通路中央から一匹を先頭に、後続も背を追う屍怪犬。止まっている相手と異なり、狙いを定めるは至難。弾丸は肩や胴体を捉えている様子も、外れて地に当たっている物も多々。急所たる頭部へ命中せずでは、止まる気配は一向にない。
「キャウウンッ!!」
「ガウッ!! ガウッ!!」
前方二列目の一匹が転げ倒れるも、走りを止めない屍怪犬。倒れた仲間を全く気にせず、頭上を飛び越える対応で接近。距離は瞬く間に縮まり、もはや目と鼻の先。
「ぐあっ!!」
先頭にて発砲していた自衛隊員に、三匹が同時に飛びかかる。
発砲は止まってアサルトライフルは地に落ち、防御に回した腕に横腹や太ももと三カ所。三匹に飛びつかれては重さもあり、噛まれたまま倒されてしまった。
「クソ野郎っ!!」
仲間を助けるべく二人の自衛隊員も、慌てて撃退に発砲を開始。
けたたましく響く発砲音と、引きずられていく自衛隊員。数分前まで順調と思っていた展開も、屍怪犬の登場により混迷を極めるものとなった。
「パリンッ!!」
洋服店のショーウインドウが割れ、屍怪と化した男が出てくる。
破れた白シャツに血のついたジーンズと、洋服店から出てきたと思えぬ身なり。体はすでに腐敗を始めているようで、露出した頬骨付近ではウジが沸いている。
「屍怪だっ!! 屍怪まで現れやがった!!」
撃退にあっていた自衛隊員も、新たな脅威に注意が逸れる。
屍怪犬は倒れた自衛隊員を引きずり、木のある後方まで下がってしまった。それでも二匹は左右に体を振って、こちらの動向を見ている様子。このままではいつまた、襲ってきても不思議はない。
「一ヶ所じゃない!! 他の洋服店に雑貨屋からも、屍怪が出てきていやがるっ!!」
苛烈となった騒動が引き金となってか、音の発生源へ集うと屍怪たち。気づけば四方八方の店々から出現し、知らぬ間に包囲が完成しつつあった。
「仕方ない!! 下がるぞっ!!」
もはや全ては助けられぬと、フレッドは撤退の判断を下す。
花火を入手するために、訪れたアウトレットモール。何事もなく平穏無事に、乗り切れると思っていた数分前。結局のところ屍怪や屍怪犬に、迫られる騒動になってしまった。




