第162話 空の玄関口23
―*―*―蓮夜視点 ―*―*―
迷彩色の自衛隊車両ジープに乗り、ハンドルの見える後部座席。定員四名が座って向かうは、白線が真っ直ぐに伸びる先。
「ここが目的地。千歳市でも大きな、アウトレットモールだ」
助手席に座る上村隊長は、道路を曲がった先にて言う。車が一台ずつ止めやすいよう、区切られた駐車場は千台規模。
しかし現在においては、ほとんどが空車の状況。ポツポツと残される車も今や、使用されず葉や枝に砂を被っている。
「我々四名は駐車場にて、車両を守るため待機。他は必要な物を入手し、すぐ戻ってくるように」
駐車場にて整列する自衛隊員を前に、指示を出すのは上村隊長。年齢は最年長の六十歳で、広い額に白髪の髪。左目上部には南極大陸に似た火傷跡があり、肌はたるみ目尻に小ジワと年相応。
自衛隊員と同様の迷彩服を纏い、自衛隊トップの指揮官たる存在。落ち着いた態度で決定力に柔軟性もあり、頼り甲斐に風格を備えた人物だ。
「イエッサー」
声を抑えつつも返答するは、総勢十人の自衛隊員。
屍怪の誘導作戦に着手するは、外に出ていた総勢十二人。車は自衛隊車両のジープが五台に、武器はアサルトライフなど銃器が多数。今は何をするにも全て、ある中で行わなくてはならない。
「必要な物を、ゲット!! 打ち上げれば、ビックサウンド!!」
金髪オールバックにサングラスをかけ、小柄な体格の黒人ジョシュ。日本人と南米系のハーフで、軍歴二十年を超えるベテランの人物。
「誘導作戦の肝となる代物。必ず入手をして、みんなで戻って来よう」
意気込んで発言するフレッドは、短髪のブロンド髪に青い瞳をした白人。日本人と北米系のハーフで、二十六歳と自衛隊員では若い。
「蓮夜。入手は隊員に任せ、残ってもいいんだぞ」
身の安全を憂慮してか、上村隊長は告げる。向かい合うアウトレットモールには、何度か訪れた経験あるとの自衛隊。そのときは屍怪の数も少なく、物資の補給も捗ったとの話。
しかしそれは屍怪の行進前であり、状況は大きく変化。今日はいずとも、明日はわからぬ日々。今のアウトレットモールが安全かは、行ってみないとわからない。
「いえ。仮に危険だったとしても、俺が言い出したことですから」
新千歳空港に集まる屍怪を、誘導して減らす作戦。道路橋にて一部始終を見つめ、進んで提案したことである。
***
「俺たちも空港へ戻って、すぐに助けへ向かいましょう!!」
高さ十メートルある道路橋から、新千歳空港を見ての提案。
籠城を考えていた新千歳空港に、侵入を許す最悪の展開。屍怪の襲撃を受けているとなれば、一刻も早い動きが求められる。
「蓮夜。みんなも。まずは落ち着いて、物事を考えよう」
焦りから即座に動きたくなる心境を察し、上村隊長は冷静に諌めるよう言った。
「破られた入口に集中しようとも、空港周辺にまだまだ屍怪は多い。だから今のままでは、近づくことさえ難しい」
上村隊長の言う通り現実として、屍怪は周囲に広く展開している。
左手となる国内線ターミナルに、右手側の国際線ターミナル。千台以上が止められる駐車場に、飛行機も残される滑走路。数千規模の数が離散しているため、敷地内はどこも屍怪だらけである。
「空港内には今も、屍怪が迫っているはずですっ!! ならば俺たちは、どうすればいいんですかっ!?」
救援に行けぬとなれば、何ができると言うのか。蚊帳の外から指を咥えているなど、心中を穏やかにいられない。
「言っちゃあ悪いが、蓮夜。空港内のことはどんなに急いでも、今からでは手遅れだ。山際所長や自警団。元から常駐している仲間たちに、先に戻ったアルバートやサチ。みんなのことを信じて、任せる他あるまい」
上村隊長は匙を投げたのではなく、期待と信頼を前提とした見通し。
新千歳空港にいるのは、自衛隊に自警団と二つの組織。家族や友人も多い空港を守りたいのは、両組織において共通のところだろう。
「数千規模からなる、屍怪の行進。我々は偶然も重なり、離れた道路橋の上にいる。天命と外からできることを、考え行うべきではないかな?」
上村隊長が提案するは、場所に沿った対応。たしかに無策で空港へ向かっても、数多いる屍怪に阻まれるだけ。
仮に運よく空港へ着けても、屍怪に囲まれること必死。残される者と同様の立場になっては、救援に行ったとて価値は薄い。
「外からできることを、か……」
仲間たちを信じて考えるは、現在ぶつかる幾つかの問題。
今も空港内に取り残され、籠城を余儀なくされた仲間たち。入口を破壊し空港へ侵入する屍怪に、敷地内の各所で徘徊する屍の怪物。
「一番の問題はやっぱり、……屍怪の存在だよな」
籠城や救援に救出と対して、どの角度でも障壁となるもの。
それはやはり、屍怪と化した者たち。仮に排除か、もしくは減少。数に対しアプローチできれば、問題の解決へ近づくだろう。
「屍怪の数を減らすため、誘導をするのはどうですかね?」
新千歳空港の外にいるからこそ、できるアプローチ。
「それで、方法は?」
腕を組み立ち聞きするフレッドは、具体的な案をと詳細を詰める。
「屍怪の注意を引くなら、やっぱり大きな音だよな。以前に使った爆竹ならあるけど……」
ポケットに手を入れ探り出すは、岩見沢のホームセンターで入手した爆竹。
白い大型犬のモコを助けるに際し、使用したあとの余り。着火すれば騒々しい音を響かせ、屍怪の注意を引くことができるだろう。
「爆竹では規模が小さくて、間違いなく無理だ。屍怪の前でジープを走らせ、クラクションを鳴らしてもダメだったんだぞ」
フレッドの言う通りジープでの誘導も、後続が続かず実らなかった。
ジープが見えなくなったことが原因か、もしくはクラクション音が小さくなってか。いずれにせよ爆竹程度では、一瞬だけ気を引くにすぎない。
「他に大きな音か。何か使えそうな物。使えそうな場所は……」
道路橋の上にて三百六十度へ顔を向け、歩んできた道や森に街並み。新千歳空港に千歳駅と見て、脳裏を過った一つの可能性。
「近くに……アウトレットモールがあるよな。アウトレットなら、何か使えそうな物はないですかね?」
道路橋の上から見える千歳駅に隣接するは、千歳市でも有名な商業施設。様々な種類の店舗が展開されているとなれば、何か妙案でも浮かびそうなもの。
「そう言えば補給へ行ったとき、花火大会の広告がなかったか?」
「ああ。たしかに。そもそもアウトレットモールの中に、花火店があったと思う」
自衛隊員たちが現地に赴き、見てきたという話。
「……花火か。一つ。賭けてみる価値は、ありそうだ」
上村隊長の口角が上がり、決まっていく先の方針。
新千歳空港の外からこそ、できる屍怪へのアプローチ。視覚的にも聴覚的にも、注意を引けるだろう代物。故に花火を入手するため、アウトレットモールへ行く決定となったのだ。




