第161話 空の玄関口22
「パパ……どこかに行っちゃうの?」
アルバートの娘たる幼女は、不安そうに顔色をうかがっていた。
三階ラウンジの出口に集まっては、アルバートの妻は暗い雰囲気。状況を理解できぬ年齢でも、肌で感じるものがあるのだろう。
「パパは……またお仕事なんだ」
「遊んでくれるって、言っていたのにっ!?」
無理をして自力で立つアルバートに、娘は頬を膨らませ文句を言う。
与えられた責務を果たすために、外出も多かった自衛隊員たち。安全かつ安心な生活を守るため、家族との時間を削るもやむなき事情であった。
「今度は少し……時間がかかりそうなんだ」
アルバートは目線を合わせるため、膝を曲げて姿勢を低く向き合う。
自衛隊員としての職務に休みあれば、遊ぶ約束をしていたというアルバート。娘のほうは反故にされたと感じたようで、足を前に蹴って不貞腐れ気味だ。
「パパは……お仕事なの。無理を言わないで」
アルバートの妻は宥めようと、肩に手を置き諭している。
アルバートの娘はまだ幼く、事態を理解できぬ年齢。何もわからないとなれば、不機嫌になるのも無理はない。
「それは……パパが悪かった。暫くはまた、お仕事なんだ。だから良い子にして、ママと一緒に……」
アルバートは頭を撫でて、謝罪の弁を口にする。そして娘を抱きかかえ、妻と顔を見つめ合う。
目は口ほどに物を言う。もはや何も言葉にせずとも、全て伝わっていそうな雰囲気。二人には強烈な信頼関係と、愛情で結ばれているようだった。
「パパはいつも……二人と一緒にいる。だから出発前に、笑顔で見送ってくれないかな」
アルバートは床に下ろして注文し、応じて笑顔で手を振る娘。
アルバートの妻は目に一杯の涙を浮かべ、それでも溢さぬ気丈に振る舞う態度。娘に悟られぬようするためか、必死に堪えているようだった。
***
「手を煩わせて……すまない。それでも最期は……自分の手で、全てを終わらせるつもりだ」
噛まれた者の末路を知る、アルバート最期の望み。
サチと二人でアルバートを支え、ラウンジから離れた一室。大きな窓あり灰色のカーペットが敷かれ、部屋の中央にはパイプ椅子が一脚。本来ならば店舗が展開される場所も、改装工事中であったため物はなく広い。
「アルバートの功績や意志は、上村隊長やみんなにも……伝えておくわ」
今は会話や連絡をできずとも、外にいる仲間たち。
自我を失う屍怪となる前に、己が手で幕を下ろしたい。アルバートの覚悟と意思を尊重して、残された者が伝えなくてはならぬ話だ。
「ありがとう。ハルノ。蓮夜と一緒に東京へ行けるよう、空の上から祈っているよ」
パイプ椅子に座るアルバートは項垂れつつも、最期まで進退を気にかけていた。
「サチ。上村隊長たちと合流するまで、あとの事は頼む」
「ええ。任せておいて。アルバートの家族も、みんなで支えていくわ」
アルバートは指揮官の役目を終え、サチが新たに立場を引き継ぐ。
笑顔を見せ頷くと、ハンドガンを一丁。片手に握るアルバートを前に、サチと二人で部屋を退出した。
「バンッ!!」
扉を閉めて暫くした頃に、一発の虚しい発砲音が響いた。
電力復旧を果たしたことにより、連絡通路のシャッターは開放可能に。アルバートや幾人もの犠牲を上にして、国際線ターミナルへ行けるようなったのだ。




