第157話 空の玄関口18
「よし!!」
「やったなっ!!」
自警団員と自衛官は組織の垣根を越え、手を合わせて喜びを分かち合っている。
主導権を巡って争い合い、反目しあっていた両組織。同じ問題にぶつかり、ともに解決へ動いた両者。現在における二人の姿こそ、本来は望ましい関係だったと思える。
「急いで戻ろうっ!! 早くみんなに、電力復旧を伝えないとっ!!」
喜び冷めやまぬ中で、自衛官は先行して出口へ向かう。
初めからこの場にいたのか、はたまた侵入して来たのか。電力室の大きな機械が死角となり、遭遇するのは予想外だったろう。
「アアァァ」
「うぉおお!! うあぁぁ!!」
不意を突く形で屍怪が出現し、自衛官は驚き慌てふためく。
取り乱したまま後退するも、屍怪の汚れた手は肩に。慌てて振り払うも壁際まで追い込まれ、自衛官はハンドガンを構える事態となった。
「屍怪だぁ!!」
「バンッ!! バンッ!!」
自警団員は声を張って訴え、同時に響く空気を揺らす発砲音。
自衛官は銃口を屍怪へ向け、震える手で発砲。一発目は標的の肩を捉えるも、二発目は外れて明後日の方向に。突然の出現に動揺したのか、狙いを定めきれずいるようだ。
「……このっ!!」
それでも自衛官は屍怪を倒すため、ハンドガンにて発砲を繰り返す。
本来ならば急所である心臓に、動きを止めるためか太もも。そして遂には頭部を撃ち抜き、屍怪は前のめりに地へ伏した。
「……まだいるぞっ!!」
震える声の自警団員が言う通りに、出現した屍怪は一体にあらず。
血に汚れた衣服を纏い、皮膚の剥がれた血色の悪き者たち。電力室には最初の一体を含め、最低でも四体はいるようだ。
「カチッ! カチッ!」
自衛官は連続して引き金を引くも、弾が発射されず虚しい空音が響く。口元をワナワナと震わせ、額に脂汗が滲み動揺を隠しきれぬ姿。
ハンドガンはアサルトライフルと比較し、装填できる弾数は少ない。急所を捉えられず多分に発砲したため、すでに弾切れとなっていたのだ。
「やめろっ!! 来るなっ!!」
自衛官はやむなく手で振り払うも、動きの止まらぬ三体。屍怪に慈悲を求めても、効果はありもしないのだ。
「離せっ!! 離してくれっ!!」
自制を求める叫びも虚しく、抵抗する自衛官は倒される。
餌を前にして我慢ならぬと、覆い被さる三体の屍怪。迷彩服を破り捨てては、噛みつく狂気の行動。
「クッ……電力室を出るぞっ!! みんな!! 急いで走れっ!!」
ジタバタする足しか見えぬとなっては、アルバートは苦渋の決断を下す。
救えぬ命より、救える命。発砲音に大きな叫びと発したため、いつ屍怪が寄ってきても不思議ない。
「さっきまで電力の復旧を、一緒に喜んでいたのに……」
廊下を走る中年の自警団員は、急な事態の変化に困惑していた。
先ほどまでは手を合わせ、電力復旧を喜んだ仲。今ではもうその人物は、この世に存在しないのだ。
「最悪の場合を、みんな覚悟して参加したはずよ」
先行するサチが背中で語るは、最初から言われていた話。
電力復旧を優先とし、結成された決死隊。決死という文字の意味通りに、命を賭ける覚悟が要件となっていた。
少し冷たく感じるけど。これが現実なのよね。
非情に聞こえる発言や対応も、多くを生かすためやむなき判断。
優先すべきは個人の命より、空港内にいる大勢の命。決死隊の目的は何を置いても、電力復旧を果たすこと。シャッター開けば戻れずとも、国際線ターミナルへ避難できる。目的達成のため犠牲を伴うことすら、前提段階から覚悟していた話だ。
「電力復旧の責を果たしたんですもの。あとはもう、みんなで戻るだけよ」
電力室から廊下を真っ直ぐ走り、緑の扉を開ければ出発口E。
広い廊下に搭乗待合室とあり、歩んできた道を戻るだけ。行きにできたことをそのまま、帰りも繰り返せば良い。
「ヴゥ……」
緑の扉を開けた瞬間に、一斉に視線が注がれる。
出発口Eとなる廊下には、五十体か百体か。数えられぬほど、多くの屍怪が存在していた。
「無理だっ!! 進めないっ!! 戻ろうっ!!」
注目を一斉に浴びる事態となっては、中年の自警団員は今までになく狼狽える。
「ダメだっ!! 後ろからも来ているっ!!」
しかしアルバートの振り向く背後からも、廊下を歩き着々と屍怪が迫る。
電力室での騒動を聞きつけてか、もしくは自然に集まってきたのか。出発口Eを前にした廊下にて、屍怪の挟み撃ちを受ける事態となった。
「戻っても意味がないわよっ!! 生きて帰りたいなら、前へ進むしかないわっ!!」
「……よしっ!! 強行突破するぞっ!!」
窮地に追い込まれた中でも活路を求め、アルバートも呼応し戦う覚悟を固める。
三階へ戻るためには、出発口Aしか道はない。となれば屍怪を押し退けてでも、前へ進むしかないのだ。




