第155話 空の玄関口16
「階段で閉められなかったのは、出発口DとEに近い二カ所。突破された玄関前から、どちらも離れた場所です」
山際所長は侵入を許した時間や、閉鎖できなかった場所から考察。二階にたどり着く屍怪数は、限定的になると見解を示す。
到着口に手荷物受取所とあり、一階だけでも広い新千歳空港。特定の目的地ない屍怪は、当然に分散するだろう。そのため二階へ着く者は、自然に減るとの考えだ。
「出発する場所は、端の出発口A。閉鎖できなかった場所から、最も遠い場所にしよう」
アルバートは出発地点を、最も離れた位置に決める。本来ならば電力室に近い、出発口EやDの階段使用が理想的。
しかしどちらも閉鎖できずして、二階の様子はわからぬ状況。電力復旧が大切なことであっても、屍怪を三階へ侵入させてはならない。最も遠い出発口Aこそ、一番リスクが低いとの判断だ。
「ハルノ。気をつけて扱ってね」
注意を受けつつサチから渡されるは、自衛官も御用達のアサルトライフル。
両手で持ち抱えるアサルトライフルは、ズッシリと重く強い存在感。単発に連射と撃ち分け可能な、自衛隊では一般的な銃器である。
「了解。理想は撃つ事態に、ならなければ良いけど」
発砲が許可されているのは、差し迫った場合に限る。
屍怪は人の存在を認識し、音に反応し寄ってくる。発砲音を響かせることは、屍を呼ぶに他ならない。銃を所持したからと言って、発砲はできる限り避けたい話だ。
「よし。ドアを開けるぞ」
アルバートは非常ドアを開けるため、ドアノブに手をかけて息を呑む。
閉じたシャッターの隣に位置するは、固く閉ざされた非常ドア。閉鎖エリアの先へ行くには、今のところ唯一の手段である。
「全員!! 構えっ!!」
一人の自衛官が大きく号令を発し、非常ドアに向けられる六つの銃口。
出発地点と決めた出発口A付近にも、すでに屍怪が展開していた場合。非常ドアを開けた瞬間に、侵入の可能性があるからだ。
「ガタンッ!!」
ゆっくりとドアノブが回され、開かれる非常ドア。
開かれた先を見つめ、仁王立ちするアルバート。どうやら背後から見るに、屍怪の存在はないようだ。
***
「よし。行こう」
アルバートは手を仰いで促し、電力復旧の決死作戦が始まる。
出発地点となる出発口Aには、某社の航空券販売場。六台の自動チェックイン機が並び、隣は無人の受付カウンター。他にも手荷物お預け場と、大勢が待機できる広場。廊下は建物の構造上から、緩やかに右へ曲がっている。
「屍怪はいないな? 二階に来ていないのか?」
顔を左右にポツリと呟くは、自警団から参加した青年。黒いパンツに白のアウターを着用し、腕には自警団と書かれた緑の腕章。
玄関前では屍怪の迎撃に加わり、プロレスにも詳しかった人物。助けられた命を活かしたいと、意気込んでの参加である。
「いないと考えるのは無理がある。いつ遭遇しても取り乱さぬよう、心構えだけはして行こう」
現場の指揮官たるアルバートは言い、出発口Aから出発口Bへ移動。新千歳空港の中央に位置する出発口C前に来て、全員の足が止まり揃って異変を察知する。
「ヴヴゥゥ……」
静かな唸り声を上げつつ、徘徊するは屍怪の影。
片足を引きずったまま、柱の周りを一周。他にも屍怪はいるようで、複数の姿を視認できた。
「ヴガァァ!!」
「ガウッ!!」
突如として叫び始める屍怪に、全員の体が硬直する。
こちらの存在を、悟られたのか。気づかれたとなれば、早くも修羅場になる可能性。作戦が開始し早々なるも、迫られれば対応を求められる。そうなればきっと、電力復旧どころではない。
「大丈夫。屍怪同士の……肩がぶつかっただけだ」
全員が壁際に身を潜める中で、先頭のアルバートは確認して言う。
特定の目的地などなく、徘徊を続ける屍怪たち。統一性なきランダムな動きでは、不意に体が接触するも必然。互いに顔を近づけ合い、威嚇しあっている感じだ。
「ここは……通れなさそうね」
出発口Cの周辺に、見える範囲で八体。これより先の出発口DやEでは、数の増加が想定される。
「搭乗待合室を回って、向かった方が良いんじゃないかしら?」
屍怪と距離を取るため、最善手と迂回を提案。
搭乗待合室は保安検査場の先で、出発口の外側にあたる場所。仮に出発口BやCから入ろうと、出発口DやEからも出られる。
「ハルノの意見に賛成。今まだ、騒動は避けるべきよ」
サチが賛同票を投じて、決まる道のり。出発口Bから搭乗待合室に入り、出発口Eから出て電力室へ。最短ルートならざるも、屍怪を避ける方針で決定した。




