第152話 空の玄関口13
「格納庫にいた整備士たちは、空港に戻っていますかっ!?」
山際所長はとても慌てた様子で、周囲に安否確認を行う。
「整備士たちは戻っているかっ!?」
「急いで確認しますっ!!」
発言を受け背後の自警団員たちは、安否確認に奔走し始める。
「あっ!! あそこっ!!」
少女は何かに気づいたようで、滑走路へ向かい指を差した。
大きな窓から最初に注意を引くは、カマボコ型の屋根をした格納庫。モクモクと立ち昇る黒煙に、赤き炎が轟々と燃えて見える。
「違うよっ!! あっちっ!! あっちだよっ!!」
格納庫に目を奪われては異なると、少女は隣でピョンピョン跳ね訴える。
「何があるの?」
向けられた指先を追って見るは、格納庫から横に逸れた位置。白線と並走する滑走路は真っすぐに伸び、滑走路外には緑の芝生が生い茂っている。
少女が指を差すはそんな滑走路より、五十メートルほど手前の位置。黄色い車体のワゴン車が止められ、車上の後部に載るは電光掲示板。飛行機の誘導などを行う、誘導車だと見てわかる。
「整備士たちは戻っていませんっ!!」
「あっ!! あそこっ!!」
自警団員の報告とほぼ同時に、異変に気づいた人の叫び。
声を皮切りに人々も視線を向け、誘導車たるワゴン車の車上。灰色の作業服を着た整備士の二名がおり、周囲を五十体以上の屍怪に囲まれていた。
「頑張ってっ!!」
「急いで逃げろっ!!」
三階ラウンジの窓に張り付き、人々はそれぞれに声援を送る。
当人たちの耳には、決して届かぬ声援。真に逼迫する窮地において、願いなど儚いものであった。
「見ないほうがいいわっ!!」
これから起こるだろう、凄惨かつ残酷な現実。隣にいる幼い少女の目を覆い、避けられぬ出来事を直視する。整備士の一人は足を掴まれ、死が待つ奈落の地へ消えた。
数の多い屍怪は下の者を踏み台に、ボンネットから車上に乗り始める。残る一名は足で蹴飛ばし抵抗をするも、迫る側の勢いは止まらない。結局のところ整備士の二名は飲まれ、声援も虚しく命を奪われてしまった。
***
「みなさん。ここは落ち着いて、状況の整理をしましょう」
目まぐるしく変わる状況に、山際所長は前に立って主張した。
避難する人々と一線を引き、三階ラウンジの端。ソファや椅子には自警団員に自衛隊員と座り、現在の戦力と言える三十人ほどが集結している。
「籠城していても、数は減るのかしら?」
破壊されたバリケードを入口に、屍怪は新千歳空港へ侵入した。
出口となるのは、壊された玄関のみ。引き返し戻らなければ、空港内から出ることはない。
「減りはするでしょうけど。時間はかかりそうね」
「その時間っていうのが、問題になりそうだ」
サチは傾向から推測して言い、アルバートは問題点を指摘する。
当初の想定とは全く異なり、空港の半分を失っての籠城。出口が一ヶ所となれば、屍怪の減りは悪いだろう。どのくらいの時間を要し離散するか、全くもって見当がつかない。
「他にもシャッターを突破されないか。トーリンを殺した……バケモノもいるわけだし」
アルバートは拳を強く握って、新たな二つの問題点を挙げる。
シャッターの耐久性に、大きな屍怪という驚異。体当たりはシャッターを内側へ凹ませ、常人を超える怪力を発揮していた。
「そうだっ!! なんだったんだっ!? あのバケモノはっ!?」
迎撃にあたり姿を見た自衛官は、異質な存在に説明を求めている。
有象無象いる屍怪と異なり、圧倒的な存在感を放つ存在。二メートルを超える高身長に、頭には西洋兜を被っていた。
「テラウォード・ブッチャー。山のように高い身長と、人並み外れた怪力。海外からの助っ人のプロレスラー。インパクトある見た目と実力から、愛称は北欧の巨人」
答えたのは見覚えある顔で、トーリンに助けられた自警団員。
プロレスファンであるという自警団員の話では、大きな屍怪は現役のプロレスラー。身長は二メートル三十二センチで、体重は百三十五キロの巨体。
「パンツにある十八の星は、ブッチャーが再起不能にさせた人数。でも知っている限り、兜なんて被っていませんでしたけど」
自警団員は知る限りの知識を、広く細かく全員に説明してくれた。プロレスリングにおいて兜など、通常の試合形式では反則行為。
しかしデスマッチやハードコアマッチなど、試合形式によっては凶器の使用が認められる。また通常の試合形式でも、バレなければ問題なし。そのためレフェリーの目を盗み、凶器攻撃もあると言う。
「テラウォード・ブッチャー。それがあの、大きな屍怪の名前なのね」
受け取った情報を元に、大きな屍怪の正体を掴む。
テラウォード・ブッチャー。それが体の大きく背の高い、西洋兜を被った屍怪の名なのだ。