第150話 空の玄関口11
「ウガアアッ!!」
バキバキと音を立てバリケードは崩れ、一体を皮切りに屍怪が侵入。
腐敗した肌は灰紫がかり、言葉なき叫びは人外。血走った目に大口を開け、後続も次々に侵入してくる。
「撃てぇ!!」
五体六体と侵入の確認をしたところで、アルバートは満を持しての発砲命令を下す。アサルトライフルを持つ自衛官は、三人での発砲迎撃を開始した。
「はっ!!」
発砲命令の発令と同時に、矢を放って迎撃に参戦。侵入してくる頭を射抜いては、銃弾に倒れた者へ重なる屍怪。
けたたましく鳴り続ける発砲音に、山のよう積み上がっていく屍怪。自警団員は銃弾から逃れた者を、逃さぬよう槍にて応戦している。
「キリがないぜっ!! アルバート!!」
発砲中ながらも髭面の自衛官は、終わりなき戦いに訴える。
銃撃により屍怪は次々と倒れるも、湯水のよう溢れくる展開。後続は倒れた者を容赦なく踏み、無慈悲かつ執拗な侵攻は続く。
「みんな!! 早く戻ってっ!!」
二階へ続く階段の前にて、登場したサチが叫ぶ。
「サチっ!!」
矢を射て次々に屍怪を屠る中でも、顔を向けるは最後の避難経路。
サチが立つ壁際にはスイッチがあり、それはシャッターを閉めるための電動装置。二階へ戻るためには、封鎖前に通らなくてはならない。
「ゆっくりと後退!! 二階まで下がるぞっ!!」
発言を受けてアルバートは、ついに撤退の判断を下す。バリケードの崩壊から僅か二分ほどで、二十体以上の屍怪を倒しただろう。
しかし侵攻する屍怪の勢いは、満潮となった海の如く。銃弾を回避する者が増え、また急所を外せば止まらず。ジワジワと空港内で広がり、玄関前はすでに限界寸前であった。
「ハルノ!! 早く避難してっ!!」
「了解!! 援護に回るわっ!!」
階段前にて急かすサチに促され、一足早くに戻って援護射撃。戦いを続ける者たちの負担を軽減するべく、屍怪への攻撃と迎撃態勢を維持する。
「退がれ! 退がれ! みんな退がれっ!!」
髭面の自衛官は渋い声で、玄関前からの後退を促す。
髭面の自衛官にアルバートを含め、自衛官のアサルトライフルは全員が弾切れ。銃を使用しても押され気味であるのに、使用不可となっては対抗手段などない。
「うわっ!!」
槍にて応戦していた自警団員は、屍怪に掴まれ揉み合いとなる。
一体とはいえ掴まれれば、力あって逃れるのは至難。槍を盾に防御と応戦を強いられ、後退できない状況にいた。
「クソっ!! 弾切れだってのにっ!!」
髭面の自衛官は不満を漏らしながら、胸元からハンドガンを取り出す。
山際所長にアルバートと、両組織の面々は後退完了。階段前に到着できていないのは、今や二人のみである。
「頭を下げろおっ!!」
髭面の自衛官は訴え、即座に発砲を開始。
別角度から迫っていた屍怪を一発目で、二発目で揉み合う一体を撃ち抜く。二発の弾丸は全て額の中央へ命中し、とても見事な射撃能力であった。
「早く戻れっ!!」
「すまないっ!!」
余韻もなく急かす髭面の自衛官に、瞬時に頭を下げ後退する自警団員。
髭面の自衛官は最後尾と、足止め役を担う模様。全員が無事に逃れるため、時間を稼ぐ姿勢である。
「トーリン!! 早く戻れ!!」
シャッターを頭の位置まで下したため、長身のアルバートは腰を低くし訴える。
「……なんだ? ……コイツは?」
髭面の自衛官が見つめる玄関前には、頭を下げ侵入してくる大きな屍怪。
裸足の足はとても大きく、並の二倍はありそうなもの。モデル以上に長い脚で、脚周りの太さはまるで丸太。十八の星がある黒い短パンには、右上に白く【BT】の文字。体格よく裸の上半身には筋肉が目立ち、割れた腹筋に胸板は厚く隆起した二の腕。
「バケモノめっ!!」
髭面の自衛官は上を見上げて、ハンドガンにて頭を狙う。
身長は二メートルから、二メートル五十センチ程度と目測。一メートル七十センチはあろう髭面の自衛官も、体格差は明確で大人と子どものようである。
「グヴ……」
カンカンと連続して響く金属音に、上がった歯茎を見せる大きな屍怪。銃撃を頭部に受けようとも、ダメージがないのは当然の話だった。
大きな屍怪が頭に被るのは、西洋で見る銀製の兜。丸みある作りが特徴的で、頭部はガッチリと守られていた。
「この野郎っ!!」
髭面の自衛官は頭部への攻撃を諦め、ハンドガンにて胸部を狙う。
しかし屍怪を相手に活動停止を望むなら、頭部の破壊以外に方法はない。二発三発と胸部に弾丸を打ち込んでも、ダメージ様子は微塵もなかった。
「グヴ……」
低く静かな呻き声を発したまま、大きな屍怪は歩みを開始する。撃たれたままでもお構いなしに、地を揺らす重い足音を響かせ前進。
「……うっ」
決死の覚悟で放つ弾丸も全て効果なく、髭面の自衛官は狼狽えて固まる。
前方に向かい合うは大きな屍怪で、側から見ては堂々たる立ち姿。威圧感も凄まじいものがあり、対面なれば比ではないだろう。
「逃げろっ!! トーリン!!」
「うごわっ!!」
アルバートの訴えと同時に、右腕を掴まれる髭面の自衛官。
大きな屍怪の力は、まさに怪力。瞬く間に体は引き寄せられ、左手のみで宙吊りに。そして秒の時も待たず、首元へ汚れる毒牙を突き立てた。
「トーリン!!」
懸命なアルバートの叫びと同時に、前方にて血飛沫が飛散する。
大きな屍怪の噛む力は、普通の屍怪と別次元。一噛みにて肉はゴッソリと無くなり、髭面の自衛官は痙攣し沈黙してしまった。
「トーリン!!」
アルバートは階段前から身を乗り出し、助けに向かう姿勢を見せる。
しかしそこは、もう一人の自衛官。状況を無理と悟っているようで、冷静に引き止める対応を見せていた。
「グヴ……」
大きな屍怪は一噛みにて満足したのか、はたまた味に納得できなかったのか。項垂れる髭面の自衛官を、有象無象いる後方へと放ってしまった。
おこぼれに与るよう、集まってくる屍怪たち。髭面の自衛官はあっという間に囲まれ、姿は瞬く間に見えなくなってしまった。




