第147話 空の玄関口8
「急げっ!! 空港へ戻って、有事を知らせるぞっ!!」
「みんな早く乗って!!」
声を張るアルバートとサチは、ジープに乗って出発。アルバート隊は車二台を使用し、新千歳空港へ戻っていった。
「車で屍怪の前に出て、先行し誘導しますっ! 上手く行けば進行方向を、変えられるはずですっ!!」
双眼鏡を別の隊員に渡しフレッドは、進んで打開策を提案する。
「……任せられるか? フレッド」
「もちろんですっ!! フレッド隊!! すぐに動くぞ!!」
思考する間も僅かに上村隊長は一任し、返事を即座にジープに乗るフレッド。差し迫った事態となっては、判断に時間的な猶予もない。
「プップッーッ!!」
甲高いクラクション音を響かせ、屍怪の前へ出ていくジープ。
真っ直ぐだった道路は左に曲がって、道路橋は下りとなる合流地点。フレッド隊のジープ二台が先行を開始し、屍怪を導くための誘導作戦が始まった。
「おらぁ!! 屍怪ども!! 食事が手を振って待っているぞっ!!」
フレッドは助手席から身を乗り出し、右手をグルグルと回し挑発を行う。
先行するジープと屍怪の距離は、近からず遠からずといった感じ。歩調に合わせ速度は低速と、十から二十メートルを維持している。
「ヴァアアヴッ!!」
挑発行為に刺激を受けて、屍怪は叫び声を上げる。
頭は禿げて顔の皮膚はたるみ、痩せ細った外見は病的。どの屍怪も似たような姿で、衣服には血に泥と汚れも目立つ。
「ここからだな」
誘導作戦の肝となる場所を前に、成り行きを見守り固唾を呑む。
地形は平坦で建物もない、見通しの良い十字路交差点。真っ直ぐ進めば新千歳空港となり、左折をすれば市外の森へ抜ける分岐点。
「上手くいきそうですねっ!!」
先行するフレッド隊が左折をして、追って進路を変える屍怪たち。このまま順調に事が運べば、新千歳空港は窮地を逃れる。
「……それはどうかな」
隣にて成り行きを見守る上村隊長は、順調な展開にも不安を吐露する。
先行するフレッド隊に誘導され、屍怪の行進は続々と左折をしていく。そんな屍怪に行動変化が起きたのは、ジープが消えて暫く経過した頃であった。
「後続の屍怪たちは、進路を変えないぞっ!!」
静かに見守っていた一人の自衛官は、指を差して異変を訴える。
上村隊長が思った不安は、杞憂ならず奇しくも的中。十字路交差点から左折する屍怪の列は折れ、後続は再び新千歳空港へ向かい直進を始めた。
「……どうすればいいんだよ。このままじゃあ屍怪は、新千歳空港に着いちまう」
道路橋の上にてできることは、何もないのが現状。新千歳空港へ向かう屍怪の行進を、背後から見つめる他なかった。
―*―*―ハルノ視点 ―*―*―
「屍怪の集団が新千歳空港に迫っていますっ!! みなさん!! 急ぎ逃げる準備をっ!!」
見回りから戻ってきたアルバートは、二階の大広間にて人々に訴え始めた。
「サチ。どうなっているの?」
「ハルノ。実は……」
慌ただしくなる雰囲気の中で、同時刻に戻ったサチへ問い。
話しを聞くと新千歳空港には、屍怪が行進し迫っているとの内容。蓮夜を初め上村隊長に自衛官たちは、外にて対応を考えているはずだという。
「逃げるったって! どこに逃げるのっ!?」
「新千歳空港は頑丈なんだ。籠城したほうがいいんじゃないかっ!?」
非常事態を聞いて人々は、各々に意見を言い始める。
騒ぎとなり始めては、大広間はすでに混乱寸前。意見をまとめる者いなければ、収拾のつかない状況だった。
「みなさん!! お静かにっ!!」
三階のエスカレーター前から声を張り上げ、山際所長は二人の自警団員を引き連れ下りてくる。
新千歳空港の所長にして、自警団のトップも兼務。混乱寸前の場を収拾させるには、山際所長の他に適任はいないだろう。
「アルバートさん。事態について、詳細を教えてください」
山際所長が登場したことにより、場の空気は落ち着きを取り戻す。そして事の詳細につき、アルバートは再びの説明をした。
「なるほど。なるほど。大勢の屍怪が行進し、新千歳空港へ向かってくると」
山際所長は平静を保ったまま、真剣に向き合い話を聞いていた。
「千を超える屍怪の行進だってっ!? そんなの聞いたこともないっ!!」
「大袈裟に話しているだけだろっ!? 上手くやったって、自衛隊の功績にしたいだけだっ!!」
背後にいた自警団の二人は、虚偽の部類と不信感を露わ。
「そんな嘘をついて何になるっ!? 本当に、数千を超える屍怪が行進してくるんだっ!!」
アルバートを含め自衛官たちは訴えるも、自警団員は鼻で笑い信頼を得られなかった。
数千を超える屍怪の行進など、前例なければ現実味の薄い話。元から反目し合う関係もあり、意地な部分もあるようだった。
「アルバートさん。上村隊長からは、知らせるよう頼まれただけですか?」
「そうですけど。数千を超える屍怪なんて、防げるものではないっ!!」
山際所長は冷静に事実確認を続け、アルバートは切実な現実を突きつける。
「みなさん。少し落ち着きましょう。今は緊急時に備えて、いつでも動けるよう準備を。次に事態の変化あるまで、対応は様子見とします」
興奮気味となる人々を御し、山際所長は保留をする決断。
それでも荷物をまとめ、大広間に集合と号令。全体的に空港は慌ただしく、緊迫感ある雰囲気になった。
「格納庫で作業をする人たちにも、急ぎ有事の知らせを。自警団のみなさんは監視と警戒を強め、何か変化あれば逐一報告するように」
格納庫は空港外にあるため、戻るよう山際所長は指示。
さらには空港の各所にて、自警団員を配置する決定。急な事態の変化に対応できるよう、僅かな情報の漏れも許さぬ姿勢である。
「迫っている屍怪の数は、相当な数なのよね? 新千歳空港は耐えられそう?」
「わからないわ。前代未聞の出来事だし。残るが吉か、逃げるが吉かも」
先行きに対し見解を問うも、サチも判断できぬ様子。
山際所長が保留する決断としては、上村隊長から避難要請がなかった点。アルバートの独断と耳を貸さず、組織間の意思疎通と連携不備。他にも様々な要因が絡み合い、先の未来へ結果を及ぼすことになる。




