第144話 空の玄関口5
「一ノ瀬君は上村隊長たちと、見回りや調達に。朝日奈さんは空港内にて、自警団として治安の維持。この仕事内容でどうですか?」
翌日にも山際所長から呼び出され、再び三階のラウンジにて面談。
仕事内容の打診は、自衛隊と自警団。ハルノについては怪我の影響あり、空港内での仕事を要望していた。
「一ノ瀬君。ちょっといいですか?」
仕事内容を受諾し退出しようとしたところ、山際所長から再び座るよう促された。
「ここだけの話。自衛官の中にクーデターを、画策しているという噂があるのです」
二人きりになったところで、山際所長から突然の物騒な話。
新千歳空港に存在するは、自警団と自衛隊の二組織。主導権の争いについては、以前にも聞き及んでいる。
「……クーデターって。本当なんですか?」
もしも自警団と自衛隊が衝突すれば、それは生存者同士の争い。
新千歳空港に三日もいれば、意識せずとも聞こえてくる噂。自警団と自衛隊の折り合いが悪いのは、自然と耳に入り当然に知るところ。
「それを一ノ瀬君。君に調べてもらいたいのです」
山際所長が仕事に関連を付け、本当に打診したかったこと。それは自衛隊の内部に潜り込ませ、各々の動向などを探る内部調査。
空港関係者と自警団では、警戒されるのは必然。部外者ならば気が緩むと、白羽の矢が立ったようだ。
「何もなければ、それで良し。無実の証明と考えてください」
物騒な企みなどなければ、何もしないと山際所長。恩義ある自衛隊の内部に潜入し、動向を探るなど背信的で嫌な役目。
しかしクーデターとは大事な上に、山際所長たっての頼み。飛行機の件を一任している点もあり、無下に拒否することもできなかった。
「上村隊長には話を通していますから。何かあったら、まずは報告を。重大な案件ですから、直接にお願いします」
やむなく首を縦に振り、山際所長から重い役割。
しかしそれでも、上村隊長は了承するとの話。となれば罪悪感も多少は薄れ、緊張緩和の役に立てればと思った。
***
「話は聞いているよ。見回りと調達に加わるって」
「これからは、フェロー! どんな危険も、みんなでフォロー!」
木の板が張り付けられた玄関口にて、女性自衛官のサチと黒人自衛官のジョシュ。
二人は特徴的な迷彩服を纏い、ピンク髪のサチは頭に黒縁のゴーグル。金髪オールバックのジョシュはサングラスと、象徴的なアクセサリーを装備済み。
「ふん。役に立つとは思えないけどね」
ブロンド髪の白人自衛官フレッドは、変わらず刺々しい態度。
滞在する自衛官たちにも、表立っての話は通し済み。フレッドはクーデターの企てにつき、要注意人物との指摘をされていた。
「上村隊長から。銃を持って。屍怪に襲われたときには、頭を狙って撃つのよ」
装備につき頼まれていたと、サチから受け取るハンドガン。
アサルトライフルやサブマシンガンと比較し、片手で収まる小型の可愛い物。それでも黒光りするハンドガンは、金属製で手にズッシリと重みある。
「俺には刀があるから、問題ないんですけどね」
「そういうわけには、いかないのよ。みんなが銃を持っているのに、一人だけなしとはね」
背負う黒夜刀に触れて言うも、主武器が銃器と比較してはとサチ。
自衛官たちが持つのは全て、殺傷能力が高い銃器。近接武器である刀のみでは、戦闘面にて容認できぬとの決定だ。
「よし。みんな揃っているな。それじゃあ、出発しようか」
遅れて登場した上村隊長も合流し、正面玄関前に止められるジープへ乗車。
新千歳空港に滞在する自衛官は、おおよそ五十人程度。空港自警団と空港を守る者いようとも、半数近くは防御へ残しているらしい。
***
「どう? 外への見回りに、調達は慣れた?」
新千歳空港二階の吹き抜けた大広間にて、紙コップを片手に座るサチからの問い。
四人が囲むよう着席可能な、ステンレス性の丸テーブル。周囲にはテーブルが十卓ほどあり、自衛官が座る中での一卓。サチを十二時の方向に、三時の方向にジョシュ。九時の方向にはフレッドと、三人が着席している。
「もう一週間ですからね。元から外を動いていましたし。自然と慣れましたよ」
新千歳空港で避難者たちと生活を続け、与えられた仕事の見回りに調達。
同じ仕事と苦労に時間を共有し、自然と打ち解けてきた関係。今では互いの名前も、敬称なく呼び合う仲である。
「ハルノはどう? 自警団の仕事?」
「問題ないですよ。自警団の人たちも、みんな優しくしてくれて」
コーヒーを飲むサチの質問に、ハルノは日々の経験から応えている。
新千歳空港で過ごす中で、見えてくる人々の人間性。気さくには話しかけてくる人や、食料などお裾分けしてくれる者。避難者を含め自衛隊に自警団と、誰しも基本的に人当たりは悪くない。
「蓮夜にハルノ。二人も食事かな?」
空席であった隣のテーブルを確保したところ、トレーにカレーライスを乗せた上村隊長の登場。
新千歳空港二階の大広間は、避難者へ食事の配給場所。料理は婦人部により調理され、避難者全体へ振る舞われていた。
「蓮夜もハルノもベリーナイス! オレたち仲間のベストフレンド!」
ジョシュは相変わらずの、独特なラップ口調で言う。奇人変人の部類に見えるも、発言の内容は基本ポジティブ。そのため嫌味や悪意と言ったものは、基本的に感じない。
「一週間。飛行機の修理なんて、本当にやっているのかな?」
外方を向いていたフレッドは、含みある態度でポツリと呟く。
「どう言う意味だよ?」
「所長の山際はいつも、労働力を欲していた。飛行機の修理は、引き留めるための嘘。実際は修理を行なっておらず、無償の労働力とし使われているって話さ」
発言の真意を確かめるため問うと、フレッドは滑らかな口調で考察を落とす。
新千歳空港ではどんな避難者も、基本的に受け入れるという姿勢。山際所長は人の数こそ、力とも説いていたらしい。