第143話 空の玄関口4
「山際所長がお呼びだ。三階にあるラウンジに」
寝床とする二階の搭乗待合室を訪れたのは、黒いパンツに白いアウターを着た男性。右腕には自警団と書かれた緑の腕章があり、空港自警団のメンバーに相違ない。
「なんの用かしら?」
突然の呼び出しにハルノは、首を傾げて心当たりを探っている。
新千歳空港に到着して、今日で三日目。打撲により負傷していたハルノも、今や左肩を自由に回せるまで回復。あと数日もすれば、完全回復となるだろう。
「さあな。まぁでも呼ばれているみたいだし。行ってみようぜ」
寝床と決めた搭乗待合室は、【11】と書かれたゲートの前。映像なく黒い画面の電光掲示板に、椅子が左右に四列で百席ほど配置。
椅子には寝袋が広げられ、リュックにコップと置かれる。近場の売店にはお土産用として、北海道の形をしたキーホルダー。食料は補充の機会なく、全て欠品の状況だ。
「やぁ。お待ちしていました。どうぞ、こちらへ座ってください」
呼び出しに応じ三階のラウンジへ行くと、低姿勢な物言いで迎え入れる山際所長。
高級感ある灰色の絨毯が敷かれ、革製で奥行きあり肘掛け付く椅子。滑走路の景色を一望できる大きな窓に、重厚感ある木製のテーブル。クッション性の高い広々した黒いソファと、明かりなくともオシャレな電気スタンド。ラウンジの設備は他と比較し、ワンランク上と言えるだろう。
「どうですか? 空港での生活には、慣れましたか?」
「はい。とても良くしてもらって」
「それは。それは。お茶もどうぞ」
促されソファへ着席すると同時に、山際所長により運ばれてくるコップ。自らおもてなしをしてくれるとは、立場もあって予想外の対応である。
「それはそうと。あなたたち二人は、東京へ向かっていると聞きましたが。それ本当ですか?」
テーブルを挟み対面にて、椅子に着席する山際所長。満を持して問うのは、先の目的地とする場所。
「はい」
「ハルノの怪我が治り次第。出て行くつもりです」
顔を向け合いハルノは応え、即座に補足情報を追加。
飛行機が使えないというのは、すでに聞き及んでいるところ。空路が使えないとなれば、残るは陸路と海路。状況に応じ使い分けて、東京へ進むしかない。
「ほう。ほう。屍怪いる世界で東京へ向かうなど、とても無謀に思いますが。本当のところ、東京へ行く理由はなんですか?」
上向きにカールされた前髪に軽く触れ、山際所長は東京へ向かう動機を問う。
知られたくない話でもなければ、何も隠す必要性はない。そのためジェネシス社の協力を仰ぎ、事態の解決を図る目的であること。何度も話したことを、言える範囲で説明をした。
「なるほど。なるほど。言っていることが本当ならば、屍怪いる終末世界を終わらせられると」
再び上向きにカールされた前髪に触れ、山際所長は前のめりに興味津々な様子。
「それなら。それなら。飛行機の修理に着手させましょう」
そして山際所長が提案したのは、嬉しくも難しい話だった。
整備士はいるようで修理可能と聞くも、問題は飛行機を離着陸させる方法。パイロットが不在と聞かされては、操縦可能な人間が欠けている。
「上村隊長や自衛官の方たちには、パイロットがいないのでしょう。しかしこちらは、空港関係者で結成される自警団。パイロットの件は任せてください」
山際所長が人材確保に動いてくれると言い、飛行機の使用につきトントン拍子に進む話。
北海道から東京へ向かうに、想定していた長い旅。飛行機の使用が可能となれば、旅路は格段に楽となり短縮できる。
「ただし二人には、整備が終わるまでの期間。みなと同じように、仕事をしてもらいます。働かざる者、食うべからず。それが新千歳空港において、唯一であり鉄の掟です」
子どもや老人に怪我人を除いて、各々に仕事を与えていると山際所長。新千歳空港ではどんな避難者も、基本的に受け入れるという姿勢。
しかし使えぬ食い扶持を増やすなど、誰もが納得しない所業。変わってしまった終末世界に、浮浪者を養う余裕はないのだ。
「問題ないですよっ!! 飛行機が使えるなんて、夢にも思ってなかったよなっ!?」
「そうねっ! 乗らない話はないわっ!!」
思いもよらぬ事態の好転に、ハルノも声を弾ませている。
仕事については各々の能力を精査し、必要とされるところに配属と決定。内容については決まり次第に、再び伝えられることになった。