第142話 空の玄関口3
「東京に。またそれは、大変な話だ」
「確認ですけど。飛行機って飛べないですよね?」
上村隊長に空港内を案内され、二階にあるラーメン横丁の一席。
様々な看板が掲げられる店舗に、仕切りなく開放的な客席。入口の壁には二メートルほどある、北海道の形をした模型が展示。模型の北海道内には、食品サンプルのラーメンが並べられている。
「難しいだろうなぁ。まずは整備をしてなくてはならないし。仮に飛べるようになっても、パイロットがいなければ」
上村隊長は顔を斜め上に、厳しい現実を告げる。
ラーメン横丁の一席にて、ハルノと一緒に経緯を説明。滑走路や格納庫に飛行機はあるものの、EMPの影響あり整備なくして動かぬ電子機器。仮に動かせるようなったとしても、必要な人材いなければ飛ばせるものではない。
「ハルノ。怪我は大丈夫かよ?」
「軽い打撲だし。問題ないわ。でも弓を引くのは、少し厳しいかも」
左肩を押さえるハルノは、まともに武器を使えぬ状態。屍怪が徘徊する終末世界では、戦えぬなど致命的である。
「言ってもナイフは持てるから。戦えなくはないわよ」
主武器の弓が使えなくとも、戦闘可能とハルノはいきまえる。
しかしサバイバルナイフが使えようとも、全ての行動に制限が入るは必然。不自由ある状態で先へ進むのは、当然リスクが大きくなってしまう。
「怪我の状態が良くなるまで、留まったらどうかな? 空港は広いんだ。寝る場所には困らないだろう」
事情を鑑み上村隊長は、回復を優先すべきと提案。
新千歳空港に避難する人数は、三百人と結構な大人数。それでも広い空港からすれば、余裕あり許容範囲である。
「そうだな。東京へは向かっているけど。危険を冒してまで、急いでないし」
屍怪の存在あり外へ出るならば、万全な状態に戻すほうが懸命。
急がば回れ。リスクを承知し慌て進むより、安全かつ着実に動くほうが無難。待つほうが結果として、上手くいくこともある。
「私のせいで、ごめんね」
表情が暗く浮かない顔のハルノは、珍しくしおらしい雰囲気であった。
先へ進む足が止まるに、怪我が一つの要因。そのため当人たるハルノは、少なからず自責の念を持っているようだ。
「気にするなよ。何も責めるような話でもないしな」
しかし不可抗力で負った怪我を、責める理由などどこにあろうか。
屍怪が出現し近代文化が崩れ、混沌と化した終末世界。何かの拍子に立場が逆になることも、相応にしてありえるだろう。
「そうと決まれば、サチ。二人に空港を案内してくれ」
「了解」
上村隊長は話に結論が出たと同時に、店舗前で起立していたサチに促す。
暫しのときを同じ空港内にて過ごすならば、勝手を知らぬ身にと施設を案内。ハルノにサチを合わせた三人で、新千歳空港を回ることになった。
***
「自衛官って日本人の印象だったけど。ここは外国人も多いんですね」
廊下を歩きすれ違う自衛官に、銃器を持って警備をする自衛官。鼻が高く彫りの深い人や、髪色に肌色が異なる者。
山際所長が率いる空港自警団は、空港関係者と日本人がメイン。ここ自衛官に至っては、外国人が多い雰囲気である。
「ほとんどがハーフの人よ。だからハーフ部隊なんて俗称されてもいたわ」
疑問に対し応えるサチは、自衛隊の実情を語る。
「自衛隊の中でも、ハーフの扱いは別。情報漏洩対策の制限で、希望の職種に就けなかった人。行き場に困り流れ着くよう、部隊にたどり着いた人もいるわ」
サチが淡々と語るのは、自衛隊内部の実情。日本では外国人による参政権など、国籍を持たねばできぬ仕事も多々。
日本という国を守るために、定められた法律。慣例もあり職業選択や昇進など、一定の影響はあるようだ。
「そんな人間の集まりだから、部隊を腫れ物のよう扱う人もいたわ。それでも上村隊長は誰に対しても、偏見なく扱いは平等。だからこそ部隊のみんなに、信頼され支持されているの」
廊下を歩き続けながら、サチは話しを続ける。
受け皿となり部隊を支えるは、上村隊長と大きな存在。行き場に困ったハーフ隊員も、積極的に受け入れていたと言う。
「フレッドには、気をつけたほうがいいよ。本来は男気あって、優しい人間だったけど。ハーフで不遇な目にあって、今回の空港でも扱いは冷遇。少し気が立っているところあるから」
サチが淡々と語るは、フレッドの実情。自衛官として経験を積み昇進を目指し、ひたむきな姿勢であったとの過去。
しかし蓋を開けて見れば、法律と規則により制限。そして今回も空港自警団と、主導権を巡って対立。二つの要素が絡まり、フレッドは横柄な態度を取ることも。そのため空港での立場も、決して良くないと言う。
「打ち直しは反則だよぉ!!」
「少しくらい良いじゃん!!」
三階のフードコートで言い合いをするのは、碁盤を前に囲碁を打つ女児と男児。
新千歳空港の内部を案内され、一階に二階と回り三階。フードコートは広く開放的な空間で、木製の椅子とテーブルが五十席ほど。外の景色を見るための窓が一面にあり、滑走路には今も飛行機が残されている。
「この前までいた男性の影響。娯楽の少ない空港内で、密かなブームになっているらしいわ」
囲碁を打つのは老若男女と年齢性別を問わず、発端となった経緯を語るサチ。
数日前まで人を探し、空港にいたという男性。空港にいた期間で、囲碁の指導をしたと言う。
「にしても一階と違って、二階や三階には結構な数の人がいますね」
二階では出発ロビーや、三階ではフードコート。出入口ある一階を除くフロアで、避難者は各所で見受けられる。
「みんな一階を嫌っているの。屍怪が入ってきたら、真っ先に襲われるからね」
揺るがぬサチの言う通りに、一階は警備の役を担う者のみ。
木の板で補強されても、確実とは言えない安全性。そもそも屍怪いる終末世界では、万全な対策とは名ばかりに過ぎない。




