第139話 小さな盗っ人8
「ハルノ。二人と離れていてくれ。近づかないほうがいい」
子どもたちに見せるのは、とても非情で酷な光景。言葉を受けてハルノ頷き、二人の肩を押さえて後退。
大人の男であり、父親である田中さん。子どもの死に直面しては、精神的ダメージは甚大。光景を直視したまま、体を震わせ動けずにいた。
「ムシャムシャ……」
こちらの存在に気づいていないのか、食事に夢中とスーツ姿の屍怪。
獲物となる者を捕獲し、すでに満ち足りているのか。距離を詰め近づこうとも、襲ってくる気配は一向にない。
「……三葉ちゃん」
倒れた少女の名前を呼びかけるも、白目を向いたまま反応なし。
代わりに呼びかけに応じるは、スーツ姿で貪る屍怪。男性で年齢は若そうであるも、左目が陥没して隻眼。手に持つは引きずり出された腸で、顔を埋めては千切る仕草。顎を上下に何度も、不快な咀嚼音を響かせている。
「ウゥウウウ……」
食事を邪魔されたと不服そうに、呻き声を漏らし始める屍怪。歯を強くギシギシと噛み締め、臓物を抱えたまま眉間にシワを寄せる。
「蓮夜君。下がっていてくれ」
肩を掴まれ引き止められては、田中さんは進んで前に出る。今まで温厚そうであった細目も、吊り上がっては憤怒の表情。
目の前にいる屍怪は、娘を奪った敵。ツルハシを持ち怒りに震える手で、闘う覚悟を固めたようだ。
「ふんっ!!」
食事を続ける屍怪の前に立ち、田中さんは力一杯にツルハシを振り下ろす。
先端の尖ったツルハシは、頭蓋を砕いて脳を破壊。決定的な一撃を受けた屍怪は、臓物を抱えたまま地に伏した。
「三葉っ!! どうして、こんなことに……」
絶命した三葉ちゃんに触れ、田中さんは悲しみの涙を流す。怒りで吊り上がった目も、垂れて慈愛に満ちたもの。
しかし屍怪に噛まれたとなれば、時期に起こるだろう転化。時はわからずとも遅かれ早かれ、避けられない現実である。
「ウァアヴゥ!!」
時間にして三十分ほど経過した頃か、三葉ちゃんは突如として奇声を上げ始める。
ハルノに頼み一花と次郎の三人は、先にキャンピングカーへ帰宅させた。家族が屍怪になる姿を、見せないようにするためだ。
「田中さん。これ以上は……」
本来ならば腹を暴かれ、動けるはずない体。先ほどまで絶命していたはずも、手足をバタバタと激しい動き。
それでも田中さんは必死に、全身を抑え込もうとしていた。
「くぅう……」
転化と打つ手なしの状況に、田中さんは悲痛な声を漏らす。
現状できることと言えば、つつがなく葬ること。きちっと止めを刺し、弔うことくらいであった。
「ここは俺が……」
父親が娘に手を下すなど、想像を絶する苦行。
幸か不幸か偶然にも、代役可能なタイミング。父親である田中さんが止めを刺すより、他人がやるべき役目に思えた。
***
「どうなったの?」
「全て終わったよ」
不安気な表情で待っていたハルノから、キャンピングカーの外にて詳細を問われる。
屍怪化した三葉ちゃんには、止めを刺して土葬。墓標には木を立て、花を供えてきた。
「なんで三葉ちゃんは、花畑へ行ったんだろうな?」
早朝から一人で花畑へ行くなど、普通に考えて理解できぬもの。子どもの起こす行動とは、突飛で読めぬものも多い。
「花飾りを作るために、花畑へ行っていたらしいわ。迎えにくる母親のために、練習していたって話よ」
ハルノが三つ子の二人から、聞いて知った動機。
花畑へ行っていたのは、初回にあらず何度も。父親の田中さんが知らぬところで、三つ子が揃ってサプライズを考えていたようだ。
「ねぇ!! 三葉はっ!?」
花畑からキャンプ地に戻った所で、次郎は質問を投げかけている。
八歳とまだ心身ともに幼く、死を受け止めるに難しい年齢。ハルノに田中さんと相談して、真実は伏せることになった。
「三葉は……お母さんが迎えに来て、先に連れて行ったんだ」
「えっえー!! ズルいっ!! 僕もお母さんに会いたいよっ!!」
「それを言ったら、ワタシもよっ!!」
田中さんがついた嘘に、疑いなく次郎に一花。
「先に行っているだけだから。元気していれば、いつか必ず会えるから」
田中さんは声を絞り出すように、二人を抱き締め言っていた。
田中さんが発言した言葉には、捉え方により二つの解釈。目的地へ先行している現実的なものと、寿命が尽きれば会えるという未来的なもの。
田中さんが真に伝えたかったのは、間違いなく後者の解釈。それでも純粋な子どもである一花と次郎は、深読みせず前者と捉えているようだった。
「陵王高校に着いたら、俺たちからの紹介だって伝えてください」
田中家との別れに際して、穏便に進むよう伝言。田中さんたち三人はキャンプ地を離れ、避難所となる陵王高校を頼る決断。
子どもが二人いようとも、陵王高校なら安心安全。大人も多く日々を生きていくのに、協力し生活していけるだろう。
「バイバイッ!! 兄ちゃんっ!!」
曇りなき眼で次郎は、元気に手を振っていた。キャンピングカーに乗って、走っていく田中家の三人。
現在は東京へ向かい、始まった旅の途中。料理屋へ戻っては自転車に乗り、進行方向は田中家と真逆である。
「にしても早朝から、一人で行っていたんだな」
「その件に関しては、少し気になるところがあるの」
自転車に跨り出発する前に、ハルノに聞いたタイミング。今まで花畑には何度も通っていたとの話であるも、三つ子は早朝に行くことはなかったと言う。
キャンピングカーにて三つ子は、今日の別れにつき話していたとのこと。三葉ちゃんは話し合いにつき、花飾りを渡す提案をしていたらしい。
「それって、俺たちのタメだったのかよ」
見えぬところの気遣いが原因で、起きてしまった最悪の事件。知らねば何もできずとも、なんとも後味の悪いものであった。




