第137話 小さな盗っ人6
「えぃっ! えいっ!!」
次郎は木の枝を刀に見立てて振い、こちらも枝を持って受け手に回る。
前方宙返りなどアクロバットな技と異なり、木の枝を刀とするなど可愛いもの。安全性にも問題ないことから、遊びにも似た稽古をつけていた。
「魚を捌くのは、難しいわね」
テーブルにて川魚を処理するハルノは、初めての経験に苦戦を強いられていた。
食器を配膳する一花と三葉ちゃんに、火を起こし夕食の準備を進める田中さん。事前に魚の捌き方を教わるも、ハルノにはまだ荷の重い案件である。
「ハルノ。交代。俺がやるよ」
包丁を受け取って、調理にいざ参戦。深く切り過ぎないよう気をつけ腹を裂き、内臓を取り除き川の水にて洗い流す。
「蓮夜って。本当に器用よね」
「初めてってわけでもないからな」
ハルノは手際の良さに感嘆するも、調理に関し未経験というわけではない。
以前に東京で住んでいたときは、一人暮らしから自炊を経験。料理に関しては経験値あり、最初からハルノより上である。
「魚なんて、久しぶりだったな」
「本当ね。もう大満足よ」
出来たヤマメの塩焼きを、ハルノと食べて堪能。
終末の日から数ヶ月ぶりに、食べること叶った魚。皮はパリパリとし、身はふっくら柔らか。塩味がほどよく効いて、文字通り大満足であった。
「満足してもらえたようで、こちらとしても良かったです」
「あっ、ありがとうございます」
食後に田中さんから温かいお茶を貰い、焚き火を見つめリラックスタイム。
時おり木の弾ける音に、ユラユラと揺らめく炎。日が落ち暗くなる中でも、火を見ているだけで気は落ち着いた。
「子どもたちとの生活は大変ですよね? 他の生存者たちと、合流しようとは思わないんですか?」
椅子に座って焚き火を囲み、今や起きているのは三人。子どもたちはキャンピングカーへ入り、一足早く静かに就寝してしまった。
「大変ではありますけど。子どもたちの笑顔があれば満足なんです。それに他の生存者を知りませんし。居ても馴染めるかわかりませんから」
田中さんは置かれる自然環境に、不便あっても不満はないと言う。
田中さんは終末の日より以前も強面で、他者からの敬遠も多かったとの話。加えて子どもたちもいることから、他者との合流には慎重な姿勢のようだ。
「でも物資の調達に時々は、町に出ないと行けませんよね? そのとき田中さんに何かあったら、万が一を考えたりしませんか?」
先ほどの話もあって、挙がっていた問題点。父親の田中さんを失えば、子ども三人によるサバイバル生活。それはどう考えても難しく、とても厳しく無謀な話。
「考えないわけではありませんが。今までなんとかなっていましたし。母親が迎えにくると信じているので、簡単に移動をすることもできないんです」
田中さんが今日まで生活できた経験と、母親が迎えにくるという約束。日々も上手く回っているため、合流の必要性を感じないとの話だ。
「全てが上手く回ったとしても、問題は冬よ。食料は乏しくなって、雪が降って寒くなるし。キャンプ生活は無理な話ね」
「そうだな。タイミングを見計らい時期に、住処を変える必要性はありそうだな」
ハルノと田中家の行先を案じ、意見を交わし問題点を考察。
田中家が所有する乗用車を借り、与えられた寝床。前方座席のシートを倒し広々と、後部座席はハルノが使用している。
しかし北海道は雪が降るため、防寒対策は必須。凍てつく寒さと過酷な環境で生きるためには、相応の場所に備えが必要となるだろう。
***
「ガンッ! ガンッ!! ガンッ!!」
明るくなり始めた早朝にて、何かが車に当たる音。就寝中に受ける睡眠妨害は、不快感を覚えるものでしかない。
「……なんだよ。……うるさいな」
しかし何が起きようとも、睡眠欲のほうが上。
きっと音の正体は、雨露などの自然現象。目を瞑ったまま顔を伏せ、気にかけることすらしなかった。
「ガンッ! ガンッ!! ガンッ!!」
しかし待てど暮らせど、一向に止まぬ何かの音。何度となく繰り返されては、次第に怒りの感情が積もってきた。
「……ったく! なんだよっ!? もうっ!?」
勢いよく起き上がっては、目線を運転席の窓側に。
「うっ……!」
すると窓に張りつく者と、予期せぬ形で対面。
犯人は目を上に向けたまま、口を半開きにする屍怪。髪色は金髪で彫りが深く、一目で日本人とは異なる。
「静かにっ!!」
声を小さくハルノから注意を受け、姿勢を低くするよう促された。
口を半開きに間抜け面で、外を徘徊する屍怪。こちらの存在に気づかなかったようで、肩を上下に揺らしながら去っていった。
「……マジかよ」
去りゆく姿を眺めつつ、周囲の状況を確認。
キャンピングカーの周りに、キャンプ地を徘徊するは数多の屍怪。乗用車のフロント部分にも、一体が乗って身を捩っている。
「とりあえず静かにして、去っていくのを待ちましょう」
神妙な面持ちにてハルノは、屍怪の様子を見て言う。
周囲に屍怪は数多いるものの、標的とはされていない様子。証拠に多くは流れるように、場を離れ去っていく。
「かなり数が減ってきたな」
発言に従い待ったこともあり、大半の屍怪は去った様子。このまま待機を続ければ、時期に危機を脱せるだろう。
「屍怪よっ!! 屍怪が出たわっ!!」
キャンピングカーのドアが開き、屍怪を確認した一花の叫び。
屍怪の大半は去っていたものの、一部は声に反応し反転。進行の遅き者と気づいた者は、キャンプ地へ戻ってきてしまった。




