第136話 小さな盗っ人5
「どう? 誰もワタシには勝てないのよっ!! おーほっほっ!!」
一番の大物を吊り上げたと、一花は胸を張り自慢気にしている。
キャンプ地から上流へ歩き、川に落差工ある所。水が滝のよう落ちる場所にて、全員が揃い釣りを行っていた。
「ぎゃあああっ!! 顔に向けないでよっ!!」
「うるさいなぁ。魚を触れないクセに」
近くに魚を向けられ騒ぐ一花に、慣れた手つきでクーラーボックスに入れる次郎。
魚を釣ることできても、触ることできぬ一花。もちろん餌にも触れず、基本は次郎を頼っていた。
「釣れましたっ!」
釣り上げた魚を前に、三葉ちゃんも興奮気味。
人が住んでいた町を離れ、キャンプ生活の長い田中家。野イチゴやドングリに、キノコやフキなど。木の実に山菜や川魚は、日々の貴重な食糧源。毎日を生きる上において、食事の基本となっているのだ。
「たくさん釣れたわね」
「よく釣れる場所ってだけはあったな」
釣り上げた魚をハルノと見つめ、クーラーボックスに入った釣果。溢れそうな感じに一杯で、全員でも食べ切れぬほど。そう思わせるほど、大量な成果であった。
「屍怪よっ!! 屍怪が出たわっ!!」
落差工と滝ある川の上流から、一花の叫びが反響する。
川で釣りをしていて、一花と三葉ちゃんは上流。釣果確認のためハルノに次郎と、下流に集まるタイミングだった。
「こんな人のいない僻地にまで、屍怪が出現するのかよっ!?」
叫び声を聞いては即座に、二人の元へ向かい駆ける。
辺りは野山に囲まれ、川が流れる辺境の地。鳥のさえずりや森のせせらぎが聞こえ、人の営む形跡が少ない自然な環境。今までのキャンプ生活においても、屍怪との遭遇確率は低いと聞いていた。
「ヴァヴヴヴ……」
呻き声を漏らし森から現れたのは、頬肉が欠損し顔の崩れた大人屍怪。泥まみれのシャツに、酷く裂けたジーンズを着用。
髪は抜け落ち武者のように少なく、一見した印象では性別不明。川岸にいる三葉ちゃんの方へ向かい、一直線に歩みを進めている。
「大丈夫だっ!! 俺の後ろにっ!!」
見合う二人の間に入っては、身を守るため即座に指示。瞬時に従い背後へ隠れる三葉ちゃんと、有事を知って後を追ってきたハルノ。
ハルノは隣にいる一花と次郎が動かぬよう、肩を押さえ状況を見守っている。
相手は一体か。……確実に仕留める。
周囲を見渡し存在するのは、前方にいる一体のみと確認。大人屍怪が妙な動きをする前に、抜刀と同時に先制攻撃の斬撃を放つ。
振り下ろした刀は胸を切り裂き、飛び散る腐った臓物と穢れた血。川岸にある石を屍怪の内容物で汚すも、急所を捉えなければ歩みは止まらず。返す二斬目にて首を飛ばし、落ちた頭に突き刺し。指令を受信できなくなった体も停止し、大人屍怪の息の根を完全に止めた。
「ハルノ!! 周囲を確認!! すぐにキャンプへ戻ろうっ!!」
預かっている子どもたちの安全こそ、今は何より優先し考えなくてはならない。
屍怪の出現により、釣りは即座に終了。キャンピングカーあるキャンプ地に、急ぎ戻ることを決めた。
***
「屍怪を呼び寄せる体質なのよっ!! 本当に、三葉には困ったものだわっ!!」
「前にも何度か、三葉が狙われることがあったんです」
キャンプ地に戻り話す一花と、帰ってきた田中さんによる情報。
標的とし狙われるのは初めてではなく、以前にも前例があったとの話。本人にはどうしようもない話でも、三葉ちゃんは肩身を狭そうにしていた。
「そんなことより、兄ちゃんは凄かったんだよっ!! 刀でバシッと!! 屍怪を斬りつけたんだっ!!」
次郎は木の枝をブンブンと振り回し、屍怪を倒す光景を再現しているようだ。
「そうだっ!! 兄ちゃん!! 刀の使い方を教えてよっ!!」
次郎は前方宙返りの件に続き、刀の扱いでも教えを乞う。
アクロバットな動きに、刀を使った剣術。男の子にとって憧れる要素は多く、一段と懐かれることになってしまった。
「いや俺たちは東京へ向かい、出発しないといけないからな」
しかし東京にあるジェネシス社へ向かい、今も長く遠い旅をしている道中。これ以上に長居をすることは、目的を逸れ容認できない。
「えっー!! 嫌だよっ!! もう少し一緒にいようよっ!!」
別れを切り出したタイミングにて、次郎は服を掴み駄々をこねる。うるうるとした瞳で見つめられては、悪いことをしているようで対応に困った。
「なぁハルノ。どうすれば良いかな?」
「私に聞かないでっ! ちゃんと説明しなさいよっ!!」
助けを欲して意見を求めるも、ハルノも苦慮し自己対応を望む。
「一日だけでも、泊まっていきませんか? 寝られる車はありますし。釣った魚も振る舞いたいので」
子どもの気持ちを汲んでか、田中さんから一泊しないかとの誘い。
「どうする? ハルノ?」
「どうしましょうか」
対応に困ったところで、ハルノと話し合い相談。子どもたちの世話もあり、時刻はすでに十五時を過ぎた。
今はまだ明るい時間でも、数時間後にはまた日が暮れる。新たな寝床を探す必要性もあり、移動に使える時は少ない。
「自転車はあのままで良いよな?」
「料理屋に入れたままだし。最低限の防犯対策はできているはずよ」
置いてきた自転車が気になるも、最後に料理屋を出たハルノの知る通り。他の荷物は手元にあり、心配する点はもうない。
「ならお言葉に甘えて、一日だけ世話になろうかな」
「やったーっ!!」
一泊をすることに決め、言葉を聞き喜ぶ次郎。田中家の全員が歓迎的で、川岸にてキャンプを行うことになった。




