第135話 小さな盗っ人4
「兄ちゃん!! さっきの空を回るやつ!! あれを教えてよっ!!」
釣りへ行くと言う話をそっちのけに、次郎は前方宙返りの指導をせがむ。
「次郎。無理を言って、お兄さんを困らせるんじゃない」
対応を見兼ねたようで、注意をする田中さん。
前方宙返りというのは失敗すれば、大怪我の可能性もある危険な技。八歳とまだ小さな子どもに、教えるのは躊躇い生まれるもの。
「ならせめて、もう一回だけ見せてよっ!! その後は、川へ釣りっ!! それならいいでしょっ!?」
注意を受けて次郎は方向転換し、できる範囲でならと食い下がる。
前方宙返りをしてからは、ヒーローと勘違いした様子。憧れの存在と捉えたようで、とても懐かれてしまった。
「迷惑をかけて申し訳ない」
一転二転する要求に振り回され、姿を見て田中さんは頭を下げる。
子どもの迷惑は親の責任と、責任感を持つ田中さん。強面で迫力ある人物ながらも、子育てには一本芯が通っていた。
「迷惑なんて。あまり長くは、いれませんけど。少しくらいなら平気ですよ」
今も東京へ向かって、歩みを進める旅の途中。留まることはできないものの、一時的な協力であれば許容できる。
「ありがたい話です。なら一つ。図々しいかもですが。頼まれてくれませんか?」
発言を受けて田中さんから、一つ踏み込んだ嘆願。それは子育てする田中さんに変わり、子どもたちの世話をして欲しいとの願い。
小石が多く開けた川辺にて、キャンプ拠点を置く田中一家。自然で賄えない物資の調達は、田中さん一人で町へ出向いていると言う。
「町に調達へ行っているときは、子どもたちはキャンピングカーで待機。戻ってくるまで、外に出るなと言っているんです」
町には徘徊する屍怪の存在を否定できず、子どもを連れて行けないとの田中さん。
危機認識が低い上に行動的で、体は小さく自衛の武器さえ持てぬ身。子どもたちを屍怪のリスクから、できる限り離したいとの考えだ。
「待たせているときが、一番心配なんです。子どもたちは中々に行動的で、おとなしくしていませんから」
以前には言いつけを守らず、川辺で遊んでいたと田中さん。
どんな場面でも屍怪と遭遇したときは、キャンピングカーへ逃げるよう教育。それでも心労は尽きることなく、お目付け役いれば安心できるとの話だ。
***
「では、頼みます」
田中さんは乗用車へ乗り込み、町に調達へ向かって行った。
本来なら代行することや、もしくは同行という案。調達に関し方法を、選択する余地はあった。
「次郎も懐いているみたいですから。子どもたちと遊んでやってください」
「いいのっ!? やったーっ!!」
田中さんは許可を下し、声を弾ませる次郎。子どもの気持ち優先という、父親らしい親心であった。
「できる選択の中では、仕方ない話なのでしょうけど。父親が帰って来なかったら、子どもたちはどうなると思う?」
ハルノが指摘する問題点は、現実とし否定できぬところ。
父親が帰って来なければ、子どもたちは三人での生活。大人の助けないサバイバル生活など、八歳の子どもにとっては無謀な話だろう。
「やっぱり他の人たちと、生活を一緒にしたほうがいいんだろうな」
大人のみであっても、難しいところ多い日々。まだ幼い子どもたちがいては、共同体への参加が得策に思えた。
***
「すげぇ!! 兄ちゃんはやっぱり、ヒーローなんだよねっ!?」
前方宙返りを見て次郎は、興奮し声を弾ませている。
次郎に何度も懇願されては、仕方なく要望に応じる決断。再び披露する前方宙返りに、キラキラと目を輝かせていた。
「ヒーローではないけどな。他にも、こんなことができるぜ」
踏み固まった地面にて足元を確認し、加速して行うは側転に後転と後方宙返り。
「カッコいいっ!! ねぇ!! 兄ちゃん!! どうやったらできるのっ!?」
やらぬという話を忘れ、次郎は再び教えを乞う。
父親である田中さんに注意され、難易度も高く危険な技。こちらは何度となく頼まれようと、教える気は毛頭ない。
「何を子ども相手に、いい気になっているのよ?」
自ら提案し披露するまでの経緯を、最初から見ていたと言うハルノ。
当初から前方宙返りにつき、興味津々であった次郎。必要以上のものを見せては、余計その気にさせるだけ。本来なら自制を促す立場なのに、拍車をかけてと叱責を受けてしまった。
「それよりも、次郎!! 魚が取れる場所を知っているんだろっ!? 兄ちゃんとしては、そっちへ行ってみたいなっ!」
「うんっ!! いいよっ!! 付いて来てっ!!」
苦し紛れに話を逸らすと、次郎は素直に乗ってくれた。
困ったところに、上手くできた誘導。無理を頼まれるより、内心とても助かった。




