第132話 小さな盗っ人1
「食糧庫。ここになら、食料がありそうだな」
厨房の隣に位置する場所にて、新たな部屋を発見。
頭上に書かれるは、【食糧庫】の文字。冷蔵庫や棚にほとんど食料はなく、期待を持てる最後の場所であった。
「……」
ドアノブに触れて手を回し、開き始める食糧庫のドア。期待と希望に胸を膨らませ、しかしなぜか嫌な予感がした。
「おわっ!!」
眼前に現れたのは、吊るされた人の死体。突然の展開に慌て驚き、足がもつれ転びそうになった。
「どうしたのっ!?」
異変に気づいたようで、駆け寄ってくるハルノ。食糧庫には言葉なき、人の死体が吊るされていたのだ。
「白骨化している部分があるし。死後相当の期間が経過していそうね」
ハルノは刑事のような言い振りで、仏の状態を確認している。
首吊りであったため、死因はおそらく自殺。食糧庫内にはもちろん、屍怪の姿は一体もなかった。
「よく平気だよな。異臭とか虫とか」
「何を今さら。死体と対面するのも、初めてってわけでもないでしょ?」
動揺の少なき態度に追及するも、聞けばハルノの言う通り。
屍怪いる終末世界となり、想像外も常たる日常。気を大きく持たねば、やっていけぬとの話だ。
「一人で生きていくことに、絶望した感じかしら?」
「どうだろうな。遺書があったわけでもないし」
ハルノと自殺の動機を考察するも、現物なく所詮は全て空想の域。
しかし唐突な死体の登場に、酷く取り乱した身。ハルノの冷静な対応には、肝の太さを感じさせられる。
「食糧庫は閉じておきましょうか。死体と一夜を過ごすのは、嫌な話ですけど。外でテントを張るより、ホールの方がマシよね?」
今や夜も迫りつつあるため、妥協もやむなしとのハルノ。
「そうだな。一夜くらいなら、仕方ないか」
今日は遭遇せずとも、屍怪いる終末世界。
屋根あれば雨露を凌げ、壁あれば屍怪を防げる。メリットとデメリットにリスクを合わせ、死体と同居もやむなしとの判断である。
***
「缶詰めを使用しているなんて。言われなければ、意外と気づかないかもな」
「味は濃くない? 缶詰めをそのまま使用しているから、少し濃いめになるの」
関心しながら食べ進めていると、ハルノは出来を心配している様子。テーブルにランプを置き、椅子に座って夕食。
ハルノが用意したのは、やりとり缶を使用した親子丼。卵は養鶏農家の高齢夫婦に持たされ、早々に食べるよう促された物である。
「問題ねぇよ。てか少し濃いくらいのほうが、好みなくらいだ」
キャンプコンロを使用し、温かく調理された親子丼。ハルノが作ると言い出し、振る舞われたアレンジ料理。
葛西さんが料理を教えたこともあり、調理の腕は間違いなく上達。苦手としていた中でも、成果は確実に現れていた。
「そう。なら良かったわ」
満更でもない表情のハルノと、箸を進ませ早々に完食。作ってくれるだけでもありがたい話で、文句をつける点など一つもなかった。
***
「蓮夜。もう起きなさいよ。いつまで寝ている気?」
毛布を肌にソファで眠っていると、先に起床したハルノに声をかけられる。
昨夜は互いにソファで眠り、料理屋にて一夜を明かした。暑く寝苦しかった夏が過ぎ、涼しく快適となる秋。眠ること好きな身としては、起床はとても苦しいものである。
「もう……朝かよ」
「そうよ。荷物を片づけて、早々に出発しましょう」
一足早くに起床をして、身支度を整えていたハルノ。二日目の出発に際し荷物を纏め、滞りなく準備をしなくてはならない。
「あとは自転車を出すだけだな」
料理屋外のテラス席にリュックを置き、出発に必要な最後の行動。
自転車を料理屋に入れたのは、盗難など一応の防犯対策。店内の空間には余裕あったので、できるうる対策は全て行った。
「足となる自転車を、失うわけにはいかないって言っても。盗む奴なんているのかよ」
現在の進む場所は、北海道でも田舎。屍怪の姿が一体もなければ、生者の姿も一人としてない。
建物が僅かな地区なれば、人口も元から少ない場所。そもそも盗む人がいなければ、過剰な対策と言ってもよい。
「……ん?」
テラス席に置いたリュックが不意に、動いたよう違和感を覚えた。
しかし周囲に人の姿は一人もなく、触れられる者はいない。それでも置いた位置より、少し動いている気がしたのだ。
「ゴソゴソッ……」
気にし過ぎかと思ったところに、椅子から引きずられるリュック。
盗っ人はそのままリュックを奪い、近くの森へ走り去ってしまった。
「待ちやがれっ!!」
旅が始まり早々にして、盗まれたリュック。中には食料やサバイバルアイテムと、先に必要なアイテムが詰まっている。
「どうしたのっ!?」
大きな声を聞きつけ、料理屋から顔を出すハルノ。
「リュックを取られたんだっ!! このまま逃すかよっ!!」
リュックを取り返すためには、盗っ人を捕まえなくてはならない。
となればやむなく、木々が生い茂る森へ。盗っ人の姿を見失わぬよう、急ぎ逃げる背を追った。




